泣きながら一気に書きました

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あくまで「アルバム単位」で厳選した、生涯のハード・ロック/ヘヴィ・メタル・アルバム・ベスト10

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いわゆる「年間ベスト・アルバム」のようなことは、僕もやるしみんなわりとやるけれど、そういえば「生涯のベスト・アルバム」的な、真の意味で自分にとって最上の10枚を選ぶ、というような、これまでの全音楽体験を総括するような選び方は、これまでちゃんとやっていなかったことにふと気づいた灼熱の午後。

人間、いつ何が起こるかわからないのだから、せめてどこかには、自分が最も好きだった物の痕跡を残しておいたほうが良いのではないか。それが単なる一個人の意見であったとしても、あるいはそこには何かしら誰かに伝えるべきものが、伝わり得るものがあるのかもしれない。

とまあ、そこまで深刻に考える必要はないにしても、たとえば当ブログのディスクレビューを読むうえで、筆者が根本的に何を好み何を好まず、どのような評価軸を持って文章を書いているのかということを、これは伝える土台になるのではないかと考えた。

というわけで、以下に僕がこれまで聴いてきたすべての音楽の中で、最も良いと感じたハード・ロックヘヴィ・メタル・アルバム10枚を紹介していきたい。ただしそれにはいくつか条件がある。

まず第一に、こういう場合よくあることだが、自分のマニアックさの表明や他者とのカブりをさけるために、あえて中心(いわゆる売れ線の作品)を外すということは一切しない。結果としてありがちなベスト10になったとしても、それが自分の中における正当な評価なのだから、憚ることなくそのまま正直に並べるのが正義であるというスタンス。

その一方で、自分の趣味をあえて抑えることもしない。自分にしかわからない良さであっても、そこは自信を持って強く推してゆく。のちにブレイクを果たすどんな名作も、実際に売れる直前までは、各聴き手の中にそのように不安な状態で存在していたはずだからだ。

また今回は、あくまでも「アルバム単位」としての評価にこだわりたい。つまりどんなにとんでもない名曲が入っていようとも、凡曲や捨て曲の多いアルバムは入れていない。そうなると必然的に、総曲数の少ないアルバムのほうが有利であることは否めない。

そして最後に、これはあくまでも本日時点における僕のベスト10である。音楽の評価というものは、聴き手の状況や音楽経験値、さらには気分次第でも変化する。明日にはもう、どこかしら順位が入れ替わっているかもしれない。その意味で、ある程度定点観測的に、今後も一定のタイミングで、改めて選び直すエントリを更新できればと考えている。

ちなみに、本当は参考までに各アルバム収録曲の動画を貼っておきたいと思ったのだが、例によってオフィシャル動画の見当たらない作品も多い。そうなるとどうしても不公平に見えてしまうため、今回はいっさい貼っていない。

せめて当時MVとして流れていた動画くらいは、権利を所持しているレコード会社なり事務所なり本人なりがきっちりと管理してアップしておくのが最低限の責務であると考えるが、今やYouTubeに上がっている音楽以外はなきものとされてしまう風潮のある世の中において、これら音楽的財産とも言うべき名曲の数々がYouTubeの海の中で溺れていると考えると、とてもやりきれない気持ちになる。

音楽関係者の皆様には、せめて権利を保持している動画に関しては、飼い殺しにしてリスナーとの貴重な出逢いの機会をいたずらに削がぬよう、ここで改めて切にお願いしたい所存。

追記
 試しに各アルバムのSpotifyを埋め込んでみましたので、参考までに。


第10位『WHITESNAKE』/WHITESNAKE

いきなり超弩級のメジャー作で恐縮ながら。邦題は『白蛇の紋章~サーペンス・アルバス』。ギターにジョン・サイクスを迎え、WHITESNAKE史上最も(しかも圧倒的に)売れたアルバムである。総売上は一千万枚を超える。

これだけ売れた作品をわざわざ10位に配置するのも少し気が引けるけれど、やはりこれもまた一種の「完璧な作品」のひとつであることに疑いはない。

特に常時気の利いたフレーズを挟み込むジョン・サイクスのギターは、各楽曲のクオリティを数段アップさせている。楽曲のバリエーションも豊富で、聴き手を飽きさせることがない。

にもかかわらず本作を上位にしなかったのは、このアルバムだけでなくバンドの代表曲とされる③「Still Of The Night」(以下、曲順は当初の日本盤に準ずる)があまり良いと思わないからで、個人的には「前半に凡曲を置いてしまっているアルバム」という評価も心のどこかにあるからだ。まあ、あくまでもメロディ至上主義者の戯れ言でしかないだろうが。

だがその他の楽曲のメロディの質は間違いなく高水準である。個人的には、特に⑧「Straight For The Heart」あたりを聴くと、なんというかあだち充の漫画を読んだときのようなたまらない気持ちになるが、ヒット曲「Is This Love」などのバラード曲においても、欧州的な「泣き」成分はやや少ないながらもやはりメロディの質は非常に高い。

③がのちの未発表曲集『1987 VERSIONS』に収録される隠れた名曲「You're Gonna Break My Heart Again」だったらもっと完璧なのに……という独り言を添えて。


第9位『SOLDIER OF FORTUNE』/LOUDNESS

SOLDIER OF FORTUNE

SOLDIER OF FORTUNE

ヴォーカルはのちにイングヴェイ・マルムスティーンが起用することになるマイク・ヴェセーラで、全英語詩。

というのもまあ重要な要素だが、とにかく「LOUDNESS史上最もメロディの平均値が高いアルバム」であると個人的には認識している。

表題曲以外はあまり有名でないアルバムかもしれないが、全体的に佳曲が多く、泣きのメロディが随所に炸裂する。

美メロの連鎖を手数の多いドラムが彩る⑤~⑥の流れが特に秀逸だが、極めつけはラストに待ち受ける⑩「Demon Disease」。

ドラムの疾走感、テクニカルに掻きむしるようなギター・リフ、起伏の激しいメロディを全力で歌い上げるヴォーカル。すべてが迷いなくひとつの方向を目指し、あらゆる要素が楽曲のクオリティに結晶している。世界にその名を轟かすLOUDNESSの魅力のすべてが詰め込まれた至高の1曲であると思う。


第8位『WHORACLE』/IN FLAMES

WHORACLE/RE-ISSUE 2014

WHORACLE/RE-ISSUE 2014

メロディック・デス・メタルを牽引したバンドのひとつであるIN FLAMESが、最も哀愁のメロディに軸を任せた作品。

全体を支配する絶望的な空気感の中、次々に繰り出される泣きのギター・フレーズとやりきれない咆吼。

この先、アメリカでのツアーを経て彼らはより骨太なグルーヴを手に入れていくことになるが、この段階ではまだ、純然たる北欧産の悲哀に満ちた美旋律がその核にある。

楽曲単位では次作『COLONY』にも名曲が多いが、本作の作品としての濃密な世界観や全体的なメロディの質をより高く評価したい。

特にワルツの三拍子に乗せた③「Gyroscope」と、疾駆する様式美⑤「The Hive」の流麗なギター・ソロに心を奪われる。全10曲にまとめていれば、より完璧な作品になり得ただろう。


第7位『MASQUARADE』/MASQUARADE

マスカレード

マスカレード

TNTの影響下にあるメロディアス・ハード・ロック作だが、アルバム全体のクオリティは本家を越えている、と個人的には思う。名作との誉れ高き『INTUITION』さえも。

そこには、本家のロニー・ル・テクロがやりがちな余計な遊びの部分がない、という要因もあるが、やはり徹底して爽快感を追求したような甘酸っぱいメロディの洪水に尽きる。

加えて、手数の多いギター・リフも楽曲に前のめりな推進力を生み出しており、全体を明るいメロディで包みながらも、なぜかその明るさが無性に泣けるという、青春の裏に貼りついた孤独感や悲哀のようなものを聴いていて強く感じる。

実際のところ僕は先日、久々にこの作品を聴きながら外を歩いていると、本作の中でもとりわけ爽やかで開けた空気感を持つ⑤「Ride With The Wind」に差しかかったところで、不意に目の中に涙があふれ出してしまい困ったことになった。

それは自分にとって特に哀しい思い出と結びついている曲でもなく、あざとく泣かせるような曲でもまったくない。歌詞もちゃんと読んだことはないから意味も把握していない。となるとこれはもう、メロディの力であるとしか言いようがない。「琴線に触れる」というのは、まさにこういうことなのだろう。

曲数が14曲もあるため、後半ほんの少しメロディの質が落ちる箇所もないことはないが、次作で彼らが突如として哀愁のメロディを捨ててヘヴィ・ロックをやりはじめる(ちょうどグランジの影響が世界中に蔓延していた時期でもあった)気持ちが今になるとわかるような気がする。

それくらい彼らは本作で、メロディアス・ハード・ロックを極めてしまった。このクオリティで売れなかったら、他に道を求めるしかないと考えるほうが、あるいは自然なことなのかもしれない。


第6位『IMAGES AND WORDS』/DREAM THEATER

Images & Words

Images & Words

アルバム単位の「完成度」という意味では、この作品を1位にすべきかもという迷いはある。

作品全体の構成、緩急のバランス、各楽器陣の均等な活躍ぶり、そして秀逸なメロディの連続という、基本的に非の打ち所のないアルバム。

長尺曲に時おり垣間見える「若干の緩み」を考慮して6位としたが、それを「遊び」として許容するか「緩み」として減点対象とするかどうかが、真のプログレ者とメタル者の決定的な違いとなるかもしれない。

ただしこれでもプログレマニアからするとまだ自由度が低いと感じられるようで、以前スターレス高嶋がラジオ『今日は一日プログレ三昧』で口にした、「DREAM THEATERはいいんだけど、すべてがジャスト過ぎる」との言葉が印象的。


第5位『RUST IN PEACE』/MEGADETH

ラスト・イン・ピース

ラスト・イン・ピース

この企画を考えた時点では、このアルバムを1位にするつもりで選んでいた。それくらいタイトでソリッドなクオリティを備えた作品。

だが改めて聴くうちに、やはり当初から感じていた⑥「Lucretia」の弱さが改めて気になりはじめた。

次曲へのつなぎとなる小曲の⑧「Dawn Patrol」を除けば、唯一のミドルテンポとなるこの楽曲だけ明らかにアルバム全体のクオリティに達していないのである。

グランジに影響を受けたこの次のアルバム『COUNTDOWN TO EXTINCTION』からは、ミドルテンポの佳曲を世に送り出していくMEGADETHだが、まだこの時点においては、残念ながらその方法論に辿り着いていない。

ただしその一点を除けば、1曲の中に3~5曲分のリフを贅沢に詰め込むことで精緻に組み上げられた、終始狂気と緊張感が迸る怪作であり快作。


第4位『WELCOME TO THE BALL』/VICIOUS RUMORS

ウェルカム・トゥ・ザ・ボール

ウェルカム・トゥ・ザ・ボール

パワー・メタル系バンドの作品を評価する際には、「ミドルテンポの佳曲があるかどうか」がひとつの指針になる。逆に言えば、看板となる疾走曲と同水準のミドルテンポ楽曲を生み出すことのできるアーティストは本当に少ない。結局のところ数曲ある疾走曲しか聴かなくなってしまうアルバムのなんと多いことか!

その点、本作の凄さは明快で、速い曲が良質であるのは当然だが、一方でミドルテンポの楽曲でもまったく質が落ちない。それどころか、勝るとも劣らぬクオリティを備えている。

たとえば、③「Savior From Anger」。通常、1、2曲目に疾走チューンが来て3曲目でテンポダウンすると、聴き手のテンションも一気に盛り下がる危険性が高い。だがこの3曲目は、破壊力のあるギター・リフと重たいドラムの絡み、そしてクセのあるメロディラインと力強いコーラスワークで、聴き手のテンションをさらに高めてゆくことに貢献する。

この前作にあたるセルフ・タイトル作もほぼ同方向で同等のクオリティを備えているが、楽曲バリエーションの豊富さにより、僅差で本作を選択。


第3位『COUP DE GRACE』/TREAT

クーデ・グラー~最後の一撃

クーデ・グラー~最後の一撃

「北欧メロディアス・ハードの雄」と言いたいところだが、そこまでブレイクしていない証拠に、本作はTREATのその前の作品から実に18年ものブランクを挟んでようやく世に放たれた。

さすがに18年ぶりともなれば、それはもう単なる出涸らしだろうとナメてかかるのが人情だがさにあらず。彼らはなんとここで思いがけぬ最高傑作を叩き出す。

TREATといえば、のちにIN FLAMESもカバーすることになる名曲「World Of Promises」を含むアルバム『DREAMHUNTER』もベスト10に入っておかしくない出来だが、全体的なメロディのクオリティで本作に軍配を上げる。

日本盤ボーナス・トラックを含めると全15曲という、アルバム単位で勝負するには非常に不利な条件だが、頭から尻尾まで、数曲ごとに傑出したハイライト・チューンを挟みながらも、メロディの質は安定して高水準を保ち続ける。

個人的なハイライトは一休さんのような曲名の④「Papertiger」。屏風の虎も歌いながら飛び出す坊主無用の名曲。


第2位『PAINKILLER』/JUDAS PRIEST

PAINKILLER

PAINKILLER

ここへ来てベタで申し訳ないが、良いものは良いのだからしょうがない。言わずと知れたHMの聖典

逆に言うと、僕の中でこれ以外の彼らのアルバムは、すべて数段落ちる。それくらい本作は、プリーストの歴史の中でも飛び抜けていると思う。まさに「聖典」の名がふさわしい。

アルバム単位の評価において、常に鬼門となるのが「2曲目」の存在だと僕は思っている。2曲目に凡曲が来ると、アルバム全体への期待度が一気にしぼんでしまう。

基本的に名盤と呼ばれるレベルにある作品の場合、1曲目に超のつく名曲で幕を開けるケースが多く、そうなると2曲目に入った際のグレード・ダウン感はもはや必然と言っていい。

もちろん、1曲目と同レベルの2曲目が待っていれば良いのだが、1曲目が名曲と呼ばれるのは、2曲目以降に比べて圧倒的だからこそそう呼ばれるというジレンマがある。

となると2曲目の取るべき選択肢は2つ。1曲目よりもひとまわり小さなスケールできっちりまとめ上げるか、1曲目とはまったく別タイプの方向性で目先を変えるか。

本作でプリーストが取っている策は前者だが、ここまで順当な、2曲目らしい2曲目というのも珍しい。明らかに①のタイトルトラックに比べるとスケールは小さいのだが、コンパクトというよりは「タイト」、単調というよりは「ソリッド」という言葉がふさわしく、2番打者の役割を完璧に果たすことのみに執心した職人気質の1曲といった趣がある。

それ以降も疾走曲を中心に、後半に向けてミドルテンポの壮大な楽曲が増えていくという「スピード感からスケール感へ」という、レコード時代のA面B面を思わせるアルバム全体の流れに隙はない。その展開はまるで聴き手の怒りや痛みを蓄え吸収したうえで天空へと解き放つかのようで、ただただ身を任せているうちに気づけばアルバム1枚聴き通している。

これを1位に推す向きは多いと思うし、概ね異論はないが、ただ1点、中盤の楽曲におけるメロディに若干の緩さがあるという点をもって、僅差の2位とした。

当初は①「Painkiller」⑥「Night Crawler」を特に好んで聴いていたが、今となっては本編ラストに待ち受ける壮大なミドルテンポの⑩「One Shot At Glory」が最も深く胸に刺さる。


第1位『THEATRE OF FATE』/VIPER

Theatre of Fate

Theatre of Fate

「あえての1位」ではけっしてないと、最初に強く申し上げておく。これは本当に、本当に完璧なアルバムなのだから仕方ない。いや仕方ないことなんてことは何もなくて、ただただ素晴らしい。

とはいえそれは、「弱点がない」ことを意味しない。音質の悪さをはじめ、弱点はむしろ多い作品である。当時一介の若手ブラジリアン・メタル・バンドであった彼らの演奏は荒いし、一聴して予算が少ないことも明白。多少強引な曲展開も散見される。

音楽性はIRON MAIDENをベースに、初期METALLICAのクランチ感と初期HELLOWEENの哀感あふれるメロディを加えた感じなのだが、その影響にあからさまな印象はなく、独自の消化プロセスと地理的な距離感を感じさせる。

しかし兎にも角にも、惜しみなく繰り出され続ける良質なメロディの氾濫に尽きる。AメロもBメロもサビも、ヴァースもブリッジもコーラスも関係なく、終始間断なくずっとメロディアスであり続けるこの手加減のなさ。どこを切ってもメロディアスでない箇所が存在しない。

さらには焦燥感を煽る前のめりなスピードと、情感ほとばしるエッジ。しかしそれらは所詮、良い旋律を搭載しない限り魅力にはつながりようがない。結局最重要なのはメロディである。それを再確認させてくれる究極の1枚。

曲数が8曲と少なく、静かな始まりから加速し、静かに収束する構成も見事。

そして意外と効いているのが、終始哀しみを伴ったメロディの中、後半に突如現れる⑥「Prelude To Oblivion」の存在。ラスト2曲に待つさらなる絶望的な悲哀を強調するための助走となるこの楽曲こそが、むしろメロディの方向性的に他から孤立しているがゆえに、最大級の哀しみを放っているようにも映る。

「のちのANGRAへとつながるステップとなる1枚」という評価も間違いではないが、それが本作への明らかな過小評価を生んでしまっているような気もする。

当時メロディック・メタル不毛の地ブラジルから思いがけず誕生した、突然変異的名盤。


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非四字熟語読解問題

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人は様々なメッセージを身に纏って歩いているものだ。

たとえばTシャツのプリント文字。そこに何らかの主義主張を込める者と、何も考えずなんとなく着ている者の二派に分かれるが、いずれにしろ結果的に何かしらのメッセージを発信していることに違いはない。あるいはそれが無地であったとしても。

公園を、歩いていた。

歩くのは速いほうなのだが、その日は珍しく自分の脇をすり抜けていく人影があった。

特に悔しいやけではないが、ずいぶんせっかちな奴がいるなと思って、その後ろ姿をしばらく眺めて歩いた。年のころ20代半ばくらいの白人青年だった。

「やはり民族の違いによるナチュラルボーンなフィジカルの差か」などと考えていると、より明確なフィジカルの違いが目に留まった。半袖Tシャツを着た青年の左腕には、タトゥーが入っていた。

そのこと自体に今さら驚きはない。そのタトゥーが漢字であったことも、今やさほど珍しくもない。時にその漢字は見た目のフォルム重視で選ばれがちであり、意味不明な並びであることも多い。こちらもそういうものだと思って、そこから発信される怪しげなメッセージを受け流す用意はできている。

この時も最初はそうだと思った。特に意味のない、しかしなんとなくその形状を気に入った漢字が並べてあるだけなのだと。青年の腕に浮かび上がっていたのは、「龍愛悟男」の四文字。間違いなく四文字という条件は満たしているものの、とりあえず四字熟語ではないようだ。

だがしばし眺めているうちに、この意味不明な文字列の意味が、だんだん通りそうな気がしてきた。そして僕は気づいてしまった。

この中でどうも違和感があるのは、「悟」という漢字である。「龍」はそもそもタトゥーに使われがちな生物であり、「愛」もメッセージとして抜群の普遍性がある。「男」はもちろん、彼が実際に男であろうことを考えると、特に言う必要がない気もするがさりとて違和感もない。

もちろん「悟」というのも主張の強い文字であるし、外部に発信するメッセージとしてあり得ないチョイスではないが、やはり他の三文字に比べると少しステージが違うような気がする。

そんなことをあれこれと考えつつ、その腕の四文字をいっぺんに視野に捉えなおすと、僕の視覚野に四文字のうちの二文字だけが鮮明に浮かび上がってきた。「龍」と「悟」である。なぜかしら、この二文字には計り知れぬ親和性があるように思えてきたのだ。

思い出せそうで思い出せない。そんな状態でこの二文字の残像を残したまま、いつのまにか青年は消えていた。

そして僕は気がついた。これは漫画の題名と主人公の名前であると。そういえば青年はオタクっぽい雰囲気を身に纏っていた。うつむき加減で髪が長く、間違いなくイタリア人ではない感じ。

もうおわかりだと思うが、「龍=ドラゴン」であり、「悟=悟空」であると僕は確信した。つまり青年は『ドラゴンボール』の孫悟空が好きすぎて、「龍愛悟男」の文字を腕に刻んでいるのだと。そういえば着ていたTシャツがオレンジだったような気が急にしてきたが、それはこちらの後づけだったかもしれない。

しかしそれならそれで、無難すぎる「愛」とか「男」とか入れる暇があったら、もっと「玉」とか「孫」とか「空」とか入れておけよ、とは思った。もしくは「亀」のひと文字のみ。

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ディスクレビュー『PREQUELLE』/GHOST

PREQUELLE (DELUXE EDITION) [CD] (LENTICULAR ALBUM COVER INSERT, 2 BONUS TRACKS, LIMITED)

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もはや全世界的に「メタル」というジャンルそのものを背負うまでに成長したGHOSTの新作。昨今はすっかりラップまみれでメロディを見失いつつある全米チャート第3位は、快挙と言っていい。メタルの世界基準はいまここにある。

前作「MELIORA」、そして続くミニアルバムに収められた「Square Hammer」に続く作品であり、音楽的にもまさにその斜め上へと正当進化を遂げている。歌メロの輪郭はより明瞭になり、フレーズの並びにも必然的なつながりがこれまで以上に強く感じられる。明らかに全体の精度が向上している。

特にそのメロディが放つ荘厳なロマンチシズムは圧倒的だ。牧歌的かつ荘厳、力強くも柔らか、重厚感あふれる浮遊感、絶望的な多幸感――あらゆる両極を射程に収めつつ、物事の両極はいつだって円環構造でつながっていることを証明してみせるようなメロディ。東西南北どの端も、一周まわってお隣さん、といった塩梅。

「荘厳」とは「グロテスク」であるということであり、「ロマンチック」であるとは「絶望」を知っているということである。そういえばこのバンドには、前作から今作までの間にこんな絶望的な出来事があった。

jp.wsj.com

《ライブ後の衣装は、ネームレス・グールズの一人がアパートの共有洗濯機を使って洗っていたことも分かった》
《ネームレス・グールズたちは雇われミュージシャンにすぎない》
《匿名で活動しているネームレス・グールズは代替可能だ》
《非常識なほど不誠実で、欲深く、ダークだ。ダークといってもゴーストが歌う曲のようなダークさではなく、富と名声に手が届きそうになると親友たちを裏切るようなダークさだ》

などなど、まさに「泥仕合」としか言うほかない訴訟が、中心人物であるパパ・エメリトゥス3世と、彼曰く「雇われミュージシャン」であるところの「ネームレス・グールズ」たちとのあいだで勃発していた。それにしてもあの変な衣装の洗濯は大変そうだ。

しかしこの絶望的な状況がこれほど良質な作品を生み出してくれるなら、絶望も悪くない。絶望と希望さえも、隣りあわせてすっかりひっくり返してしまうのがこのGHOSTの凄さであると言ってみようか。

結果的にパパ・エメリトゥス3世を除くネームレス・グールズたち、つまりバンドメンバー全員をクビにして総入れ替えした効果は明らかに良いほうに作用しているが、その効果の方向性もまた、二つの極に分かれているのが面白い。

ひとつは先にも触れたように「歌メロの明快化」で、これはより完全なワンマン体制が整ったという意味で、想像の範疇と言っていいかもしれない。すでに「キャッチー」を越えて「ポップ」とさえ言えるほど親しみやすいメロディにあふれている。

むしろ意外なのはもうひとつの方向、つまり「プログレ化」のほうで、楽器陣を総入れ替えした結果、より自由闊達な演奏が随所で繰り広げられるという効果が生まれている。

特に⑤や⑨あたりの、5分を越えるインスト曲の耽美性と展開力は完全にプログレッシヴ・ロックのそれであり、今回の訴訟を機にバックのメンバーを一気にグレードアップさせたか、あるいはさらにロボット化&下僕化して隅々に至るまで自らの指示を完全に行き渡らせたかのどちらかであろう。

なんとなく後者のような気がしないでもないが、パパ・エメリトゥスが本当にひとりでなんでもできるイングヴェイ型であるならば、必要なのは「有能な部下」より「従順な下僕」であるのも残酷な事実。

個人的なハイライトは、牧歌的な歌メロとギターの絡みが絶妙な⑧「Witch Image」と、柔らかな絶望に包まれつつ昇天できる⑩「Life Eternal」。

いずれにしろこれほど素晴らしいアルバムの日本盤リリースがないというのは、由々しき事態と言うほかない。たしかにメロディック・スピード・メタルほど即座に日本ウケする方向性の音楽ではないが、この良質さに気づかない、あるいは気づいていても売ろうとしないというのは、すなわち世界市場からの離脱を意味する。

ちなみにDELUXE EDITIONのボーナス・トラックに入っている「It's A Sin」(PET SHOP BOYSのカバー)が、バンドにおそろしくフィットしていて素晴らしい。むろん原曲のメロディが圧倒的に凄いのだが、こんなところとも美旋律を通じてたしかにつながっていると感じられるのが嬉しい。


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