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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

猛烈雨太郎〜気象予報における感覚的表現の隆盛〜

コラム

近ごろやたらと聞く「猛烈な雨」という表現。最初に耳にしたときには、「このお天気キャスターはなんていい加減な言葉を独自に使っているんだ」と憤ったものだが、以後気をつけて聞くようになると予報士を問わず局を問わずそれどころか媒体を問わずあまりに連呼されるので、「これはとんでもなく流行している!」と世の中全般の言語センスを疑い、翻って「この流行語感覚についていけない自分の感覚のほうが間違っているのではないか?」と自己不信にまで陥りかけたものだが、単に気象庁がオフィシャルな予報用語として定めたものに従っただけらしい。

その証拠に、気象庁の予報用語解説のページにちゃんと載っている。
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/amehyo.html

しかしだからといって簡単に「馴染め」と言われても無理な話だ。「猛烈」と言えば古くは高度成長期の働き過ぎリーマンを形容する「モーレツ社員」であり、丸善石油のパンチラCMにおける「Oh! モーレツ」であり、赤塚不二夫の漫画『もーれつア太郎』である。

つまりは漢字表記よりも、仮名に開かれて使われることのほうが馴染みがいいという至極感覚的な言葉であって、だから気象予報という科学的分野でそのようなフィーリング重視の言葉が使われていることにはどうにも違和感がある。もちろん、仮名で表記されるよりは漢字表記のほうがいくらか科学的な雰囲気は出る(「モーレツな雨」だったらなんだか雨以外のものまで降りそうだ)が、やはり「猛烈」と言われると脳内で「モーレツ」と自動カナ変換されてしまう。これは気象庁が思っているより、よほど感覚的な言葉なのだ。

しかしそう思って改めて先に挙げた気象庁の表を見ると、実はどこもかしこも感覚的な表現にあふれていることに気づく。〈やや強い〉〈強い〉〈激しい〉〈非常に激しい〉などという段階的な形容詞表現からはなんとか無機質な数値をオーガニックな言葉に置き換えようという苦心のあとが窺えるし、そもそも科学的な一覧表に〈人の受けるイメージ〉などという妙に非科学的でモヤモヤした欄があるのが面白い。

その注目の〈人の受けるイメージ〉欄、まず〈やや強い雨〉について〈ザーザーと降る〉という擬音表現を使ってしまっているところからして把握しづらいことこの上ないが、〈激しい雨〉のところでは〈バケツをひっくり返したように降る〉なんて完全に外からイメージを借りた比喩表現に走ってしまっており、さらに〈非常に激しい雨〉に至っては〈滝のように降る(ゴーゴーと降り続く)〉なんて「比喩+擬音表現」の合わせ技でなんとかねじ伏せようというというこの「黙って俺についてこい」感がたまらない。

他にも、〈屋内〉という欄の〈強い雨〉から〈猛烈な雨〉までを一気にカバーする〈寝ている人の半数くらいが雨に気がつく〉という表現の曖昧さも相当なもので、どう考えても個々人の眠りの深さや寝ている部屋の状況によると思うが、特に「くらい」というアバウトな表現の醸し出す非科学的なニュアンスなどは、文系人間にとって実に馴染み深いものがある。

と、こうやって感覚表現にあふれた表の全体を端から端まで見ていくと、むしろ気象予報というものに科学的なスタンスを求めること自体が、天気などという不確定な自然現象を科学的に把握しきれるなどと期待する我々のスタンス自体が間違いなのではないかと思えてくる。そもそも天気予報なんて、はずれて当たり前なんじゃないかと。

あ、でも受け手にそう思わせることこそが気象庁の狙いなのかもしれない。感覚的表現を多用することで、たとえ当たらなくても「まあ感覚は人によって違うから」と言い訳できるように…。

遠からず天気予報にも、通販番組でお馴染みのあの一行「※個人の感想です。」が居座り続ける日が来るかもしれない。

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