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不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

聖徳太子式三十題噺「新語・流行語全部入り小説2021」

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 ある雨上がりの朝、古びたカエルのマスコットキャラクターが、SDGs(粗大ごみのsサイズ)のステッカーを貼られてごみ置き場に捨てられていた。それは昨日まで近所の薬局の店頭に立っていたものだった。粗大なのにsとは、大きいのか小さいのかわからない。

 学校へと向かう人流の中からその姿を見つけた中学生のウマ娘は、ふとごみ置き場の前に立ち止まり、自らの圧倒的なカエル愛に初めて気がついたのであった。

 ウマ娘は、自分をウマ娘として誕生させた親ガチャに失望していた。彼女は自分が本当は鮮やかな緑色のカエル娘になりたかったことを、いまさらながら発見してしまったのである。極度にカラフルな服装を好むZ(ZAZY)世代ならではの悩みであった。

 だがウマ娘の父はぼったくり男爵であり母はイカ女であって、二人は年がら年中、危険なイカゲームに熱中していた。結果はもちろん、毎度ずる賢い父の圧勝であった。そんな二人から、自分のようなウマ娘が産まれるはずなないように思われた。

 そうして自らの出生に悩みはじめたウマ娘は、通学路の途中で踵を返し家に帰ると、すっかり寝込んで自宅療養中の身となった。

 熱があると嘘をついて学校を休むことにしたウマ娘が昼すぎにようやく起きると、母は娘の健康を気遣ってNFT(納豆、フルーツ、豆腐)の昼食を用意してくれていた。やや豆類が多すぎるような気がしたし、親とは口も利きたくない気分であるうえに風をひいているふりをしなくてはならないため、終始黙食のうえマスク会食であった。

 しかし食べ進めていくうちに、なにか肌が少しととのうような気がした。NFTの豆類に含まれるイソフラボンの効果だと思われた。

「何かあったの?」そうやさしく訊いてくる母に、ウマ娘は正直「うっせぇわ」と思ったが、ここは「なんでもない」とちょっとねじ曲がったチキータで返した。

「そろそろあなたも、自分がウマ娘であることに悩むころじゃない?」
 娘の異変を鋭く察した母からの逆チキータに、ウマ娘は驚きを隠せず、思わず「ヒヒーン」と副反応の鳴き声をあげてしまった。

「わたし、お父さんとお母さんの子じゃないの?」ウマ娘は涙を浮かべながら訊いた。「だってぼったくり男爵イカ女の子供がウマ娘だなんて、聞いたことないもの」

「そんなことないわよ。ほらあれよあれ、なんだっけ? あ、そうそう、『チャタンヤラクーサンクー』って言うじゃない。あれよあれ」
「何よそれ」ウマ娘にはさっぱり聞いたことのない言葉であった。

「だからほら、『茶箪笥から孔雀』ってやつよ。昔からことわざにあるじゃない」
 一度目はまったくそう聞こえなかったが、どうやら母は「茶箪笥から孔雀」と言っていたようだった。ウマ娘には最初「チャタンヤラクーサンクー」と聞こえたが、それはまさに「馬の耳に念仏」というやつかもしれない。それが念仏なのかどうかは知らないが。

「まあ『棚からぼた餅』みたいな意味よ。いまならぼた餅というより、マリトッツォあたりかしら。もしくは『鳶が鷹を生む』のほうかもしれないわね。とにかくあなたはたしかにわたしたち夫婦の子で、それは思いがけない幸運だったの。いわゆる変異株のようなものね。二人とも馬が大好きで、わたしたちが初デートの居酒屋で頼んだ一品目は、なんと馬刺しだったのよ」

 最後の一文は恐怖でしかなかったが、ウマ娘は自分が母から「わたしたち夫婦の子」と言ってもらえたことに少し安心した。そして安心ついでに、母に悩みを打ち明けた。

「実はわたし、カエル娘になりたいと思ってるの」
「いいじゃない」母は意外にも反対はせず、むしろあっけらかんとして言った。「だからといって、ウマ娘も辞める必要はないのよ。ウマ娘とカエル娘の、リアル二刀流でいけばいいじゃない。これからはそういう時代よ」

 そうか、その手があったか。母の言葉に勇気づけられたウマ娘は、昼食を終えると、さっそく午後から学校へ行くことにした。準備を終えて玄関を出ようとすると、背後から母に声をかけられた。
「あなたほら、今日はフェムテック?」
 意味がわからなかった。ウマ娘が怪訝な顔をしていると、母はもう一度言った。
「今日は笛持ってく?」
 母は、午後の音楽の授業にたて笛を持っていくかと訊いていたのだった。ウマ娘は頷いて母からたて笛の入った袋を受け取ると、元気よく玄関を飛び出していった。フェムテックも念仏なのだろうか、と思いながら。

13歳、真夏の大冒険ね」母は馬刺しのプリプリした食感を口の中で反芻しつつ、心の内で娘の背中に向けてそう声をかけた。

 念仏といえばウマ娘の父であるぼったくり男爵は、そのころ職場でエペジーーンたちと格闘していた。永平寺の住職である父は、檀家のことを気さくにそう呼んでいた。

 なにしろこの日は、東京から大物のスギムライジンが来訪することになっていた。このたびリニューアルされる風神雷神の新モデルに選ばれた、杉村太蔵である。風神か雷神か、どちらのモデルなのかはわからない。もう片方は石原良純である可能性が高いと、ぼったくり男爵はひそかに思っていた。

 男爵はスギムライジンを出迎える前に、念のため用を足しておこうと敷地内の屋外にあるトイレへ向かった。いわゆる大のほうではなく、小(ショー)タイムである。

 だが男子トイレを示すピクトグラムの下では、すでに若手のエペジーーンたちがたむろして大音量で音楽をかけながら、激しく路上飲みを繰り広げていた。ぼったくり男爵がその風紀の乱れを強く注意すると、酔っぱらったひとりが立ち上がって男爵の胸ぐらを掴んだ。
「うるせぇ、このぼったくり野郎が! 俺ら全員、あんたの推し活なんて辞めてやるよ!」
 若い男はそう言って男爵をビッタビタゴン攻めにしながら、なおも発言を続けた。
「俺たちはあんたみたいな老害ヤングケアラーになるのはまっぴら御免なんだよ。俺たちは自分らの手でもっと革新的な、新時代の、尼さんもいっぱいいる、その名も『ジェンダー平等院』をこの寺の隣に建立することにいま決めたんだ」

 かくしてぼったくり男爵は没落し、ジェンダー平等院の時代がやってきた。

 数年後、ウマとカエルの二刀流に悩んで行き場を失ったウマ娘が、このジェンダー平等院へと駆け込んだ。両親が夕飯に馬刺しを出しすぎたせいかもしれない。

 僧侶たちは彼女の父がぼったくり男爵であると知りながらも、彼女を快く受けいれた。やがてウマ娘改めウマカエル娘はこの寺の立派な二代目住職となり、性別どころか動物の種をも超えた、究極の寺院がここに誕生したのであった。そんな2021年。

新語・流行語大賞2021 候補語一覧》
1. イカゲーム
2. うっせぇわ
3. ウマ娘
4. SDGs
5. NFT
6. エペジーーン
7. 推し活
8. 親ガチャ
9. カエル愛
10. ゴン攻め/ビッタビタ
11. ジェンダー平等
12. 自宅療養
13. 13歳、真夏の大冒険
14. ショータイム
15. 人流
16. スギムライジン
17. Z世代
18. チキータ
19. チャタンヤラクーサンクー
20. ととのう
21. フェムテック
22. 副反応
23. ピクトグラム
24. 変異株
25. ぼったくり男爵
26. マリトッツォ
27. 黙食/マスク会食
28. ヤングケアラー
29. リアル二刀流
30. 路上飲み


※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機でのみ書かれたフィクションです。


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