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短篇小説「耳毛をちぎらないで」

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 真夜中の路地裏。濡れた壁面に押しつけられ、片耳細コードイヤホンの北村が、大型ふかふかヘッドホンの西沢に左手で胸ぐらを掴まれている。大型ふかふかヘッドホンの西沢は、片耳細コードイヤホンの北村の胸元で自分を挑発するように揺れ動くコードを、右手で強く握り込んで一気に引きちぎった。

 北村の片耳細コードイヤホンは、モノラル仕様の片耳分しかない一本の線であった。しかもその末端にあるイヤホンジャックはどこにもつながっていないから、ただ片耳からぶら下がっているだけの不安定なコードを引きちぎるのは思いのほか難しい。だが自らの手首をくるっと回転させ、イヤホンコードを巻き取りつつ巧みに引きちぎる大型ふかふかヘッドホンの西沢の慣れた手つきは、明らかに常習性を感じさせた。

 どちらが強いかは一目瞭然であった。何しろこの世界では、イヤホン/ヘッドホンの大きさこそが、それを身につける者たちの権力を象徴しているのだから。

 しかしこれはけっして窃盗ではない。その証拠に、大型ふかふかヘッドホンの西沢は、引きちぎった片耳細コードイヤホンを路上にあっさりと捨て置いたのだった。それは単に自らの権力を誇示するための行動であり、彼はけっして片耳細コードイヤホンが欲しかったわけではない。そもそも立派な大型ふかふかヘッドホンを身につけている西沢が、今さら片耳細コードイヤホンなど欲しがるはずがないではないか。

 再び夜の街を歩き出した大型ふかふかヘッドホンの西沢は、ひと息つくためにポケットから煙草を取り出そうとする。しかしポケットの中でその手が捕まえたのは、箱などとうに捨てて直に突っ込んである煙草ではなく、耳元から出発して胸の前にぶら下がったコードの先にあるヘッドホンジャックであった。彼のヘッドホンも、やはりどこにもつながってはいないのだった。

 改めてポケットの中をかき混ぜてみても、入れておいたはずの煙草を探し出すことは叶わず、諦めた大型ふかふかヘッドホンの西沢は、代わりにヘッドホンジャックの先端をしばしのあいだねぶることにする。別にどこにつなぐわけでもないのだから、ねぶりまわした結果ジャックの金属部分がどうなろうと問題はない。

 そうして大型ふかふかヘッドホンの西沢がヘッドホンジャックを咥えて夜の街を歩いていると、向こうから見るからにイキがったサングラスの男が歩いてくるのが目に入った。中型ぴたぴたヘッドホンの東田である。二人に面識はない。

 先の片耳細コードイヤホンの北村に対する完全勝利に気をよくした大型ふかふかヘッドホンの西沢は、相手のヘッドホンが自分よりひとまわり小さいのを見て、こいつも楽勝だとたかをくくって正面から因縁をふっかけた。

「おいてめぇ。ちゃちなオンイヤーの分際で、オーバーイヤーの俺様にガン飛ばしてんじゃねぇぞ!」

 中型ぴたぴたヘッドホンの東田がしているヘッドホンは、イヤーパッドがやや小さく耳の上に乗せて使用する「オンイヤー」タイプのものであり、それに対して大型ふかふかヘッドホンの西沢のそれは、イヤーパッドが耳を覆いつくす「オーバーイヤー」タイプの商品であった。当然オーバーイヤータイプのほうが、ヘッドホンの存在感は大きい。

 大型ふかふかヘッドホンの西沢は、そう言いがかりをつけると先ほどと同様に、中型ぴたぴたヘッドホンの東田の胸ぐらを左手でがっしりと掴まえた。しかしどういうわけか、身動きを封じられた中型ぴたぴたヘッドホンの東田のほうは、まったく動じる様子がない。

 その落ち着きっぷりにわずかな不信感を抱きつつも、自然な流れでヘッドホンコードを掴みにいった大型ふかふかヘッドホンの西沢の右手は、しかし威勢よく空を切る結果となった。

 夜明けにはほど遠い暗闇の中、わずかな街灯の光と看板のネオンサインを頼りによく確認してみると、中型ぴたぴたヘッドホンの東田の胸元にはヘッドホンコードが見当たらず、それどころか両耳のどちらからも一切のコードが伸びていないのであった。

「おっさんよぉ、ヘッドホンの価値をイヤーパッドのサイズで判断するなんて、いつの時代の話だよ。今や時代はワイヤレスなんだって。あんたみたいな大型ふかふかコードぐにゃぐにゃヘッドホンなんかより、サイズは中くらいでも時代の先ゆく俺みたいなワイヤレスのほうが、明らかに完全に全面的に上まわってんだよ。さっさと断線しやがれジジイ!」 

 中型ぴたぴたヘッドホンの東田が一気に反撃に出ると、相手のコードを引きちぎる手法でしか勝利を手にしたことのない大型ふかふかヘッドホンの西沢の戦意は文字通り摑みどころを失ってしまい、胸ぐらを掴んでいた手の力が自然と抜けてその場に膝から崩れ落ちたのだった。同時にその口からは咥えていたヘッドホンジャックがポロリと落ち、それはまるで前歯が抜けたように見えた。

 いっぽうで解き放たれた中型ぴたぴたヘッドホンの東田は、だからといって暴力でやり返したりすることもせず、目の前でへたり込んでいる頭部の大袈裟な男を置き去りにして、トラブルを嫌うようにそそくさとスマートにその場を立ち去った。いかにも新世代といった感じである。

 さて、こうなるとせっかく綺麗なカウンターを浴びせて厄介者を撃退した直後なのだから、勝者である中型ぴたぴたヘッドホンの東田としては、ちょうど耳にしているヘッドホンから小洒落たBGMでも流しながら、肩で風など切って颯爽と歩きたい場面だろう。

 だがこの中型ぴたぴたヘッドホンの東田がしているヘッドホンもまた、完全ワイヤレス仕様であるから物質的に何ともつながっていないのは当然とはいえ、そこから放たれるせっかくのブルートゥースの波すらも、常時どこへもつながってなどいなかった。ゆえにそれは永遠になんの機能も果たすことはなく、ただただ耳を蒸らし続けるばかりなのであった。


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