泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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『松本人志のコントMHK』

NHK松本人志がコント番組をやると最初に聞いたとき、「これは予算を思いきり使えるNHKの力を利用する魂胆か」と思った(そしてそれは、芸人にとって正しい魂胆だ)が、それが必ずしも良い方向に働くかどうかは未知数だった。むしろ「予算を多く使える」という点に魅力を感じて映画を撮りはじめた彼が、いまのところ過去のコントを大きく越える映画作品を生み出せてはいないことを考えると、むしろ予算の自由度は逆方向へと働く予感も感じていた。しかし結果的には、あえてNHKでやった意義のある、可能性を感じさせるコント番組になっていたように思う。

番組は43分間でコント計4本+合間のミニコントという形になったが、特に1本目のコント「ダイナミックアドベンチャーポータブル」は、過去の名作にも引けを取らぬ素晴らしさだった。その内容は、15万円のおもちゃ的機械的なサムシングを、付属DVDの指示に従って組み立てるというもの。「ルールのわからない不条理な状況に直面させられる」という意味では、映画『しんぼる』の密室シーンに通じるものがあるが、こちらのコントのほうがシンプルかつタイトで、その状況の不条理さを生かしきれていた。

そして2本目は、「大改造!!劇的ビUFOアフター」。タイトルから丸わかりな通り、『大改造!!劇的ビフォーアフター』のパロディで、匠が宇宙人一家からUFOのリフォームを頼まれる。1本目のコントで登場した、スライム的なものを吐き出す意味不明なおもちゃのクオリティも無駄に凄かったが、ここで出てくるUFOセットとわざわざ用意されたジオラマのレベルも素晴らしく、NHKならではの予算の大きさと技術レベルの高さ/妥協のなさを思い知らされる出来。

と、実のところ本当に面白かったのはここまでで、残りの2本(「わたしは幽霊を見た」「答辞」)と、コントの合間合間に挟まれた「つぶやけ!アーカイブス」というインタールード的ショートコントは、ちょっと物足りない印象。かといって特に実験的なことにチャレンジして実験に失敗したというのでもなく、あえて言えば松本人志でなくてもできるタイプの作品なんじゃないかと思えてしまった。特に卒業式の答辞で「逆に」を連発する後者のコントは、アンタッチャブル山崎やキングオブコメディ今野のほうがフィットするような気も。「つぶやき〜」に関しては、NHKの過去のニュース映像にツッコミを入れるという、明らかにNHKを有効利用しようという試みだが、ひとことのキレに関しては、普段のバラエティ番組内におけるアドリブのほうが格段に鋭い。特に退院後はなぜかキレが増しているのが不思議だ。

というわけで番組全体として竜頭蛇尾な感は拭えないが、コント番組復帰作、また新たなチャレンジという意味では、かなり可能性を感じさせる一歩だったのではないか。

そして注目すべきは、松本人志以外は有名な出演者を使っていないという点だろう。これはかなりのチャレンジと見ていい。つまりこの番組は、出演者にではなく、明らかに道具そして制作者に集中して予算を使っている(ということはトータルで見ると、この番組はそんなに多くの予算を使っているわけではないのかもしれない)。そしてこれは最近の、やたらにタレントをズラリと並べるだけのバラエティ番組に対する、見事な批評にもなっている。よりどりみどり並べるだけ並べておいて主役はVTR、あとはワイプで順番に魂の抜けたリアクションを抜いていくだけという、いつのまにか増殖しているタレント無駄遣い番組に足りないものが何かということを、改めて思い知らせる一撃として非常に痛快なものがある。もちろん、わざわざそんなことを意識して作っているわけではないのかもしれないが。

最後に、ずっと気になっていた番組タイトルについて。「松本人志のコント」の頭文字を取って『MHK』とは、その放送局名にかかった保守的な上手さといい、「コントの頭文字は正式には『Conte』なので『C』だが、そこは大目に見て『K』」という詰めの甘さといい、どうにも「らしくない」と感じていたのだが、実際に番組を観てちょっと受ける印象が変わった。

いや番組を観て具体的に何が変わって感じられた、というわけではないのだが、大まかに言えばやはり松本人志は、間違いなく日本のコントを変えた人物であるということを痛感させられたということだ。とそう考えると、コント=「Conte」をあえて日本人の好きなローマ字表記で「Konto」と表記することには、なんだか意味があることのように思えるのだ。いま日本にあるコントは、その言葉とともに輸入されたそれまでのコントとは、明らかに何かが異なるものになっていて、それは明らかに、ある段階で松本人志が新たに持ち込んだものだ。そうして作り上げた日本人向けのコント=「Konto」があるにもかかわらず、近年の松本が映画で外国人向けの「Conte」を目指しているように見えるのはちょっと皮肉だが、ここはひとまず松本人志の新たなる一歩に期待が膨らむ。これはぜひともレギュラー化してほしいところだが、美術さんが大変そうだ。

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