泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「河童の一日 其ノ十六」

なんだか政治の世界が大変なことになっているらしい。今日は呑気な日曜日、しかも三連休の中日なので昼まで存分に寝ていたかった。しかしこの状況下で寝続ける能力が、残念ながら僕にはなかった。朝イチで茨城から泳いで来た爺ちゃんが、緑の好物を両手に掲げて「キュウリノミクス! キュウリノミクス!」と叫び踊っているものだから。もちろん「ウ・ル・ト・ラ・ソウル!」のリズムで。

「ハイだろハイ、ほれ!」

爺ちゃんはそう言いながら僕にキュウリを差し出してきた。一瞬なんだかわからなかったが、どうやら「ウルトラソウル!」の直後に来る「ハイ!」の部分をやれと催促されているらしい。

「世代じゃないんだけどな……」そう思ってあからさまにためらっては見せたものの、考えてみれば爺ちゃんのほうが遙かに「B'zを聴く世代じゃない」わけで、その言い訳は通用しないと即座に諦めた。

「キュ・ウ・リ・ノ・ミクス!」
「ハ、ハイッ!」

爺ちゃんはサビのメロディーしか知らないので、エンドレスでサビが襲い来る殺人的システム。必然的に「ハイ!」の出番も異様に多くなり実に鬱陶しい。そもそも「キュウリノミクス」って何?

と思って訊いてみたら、爺ちゃんは急に政治について語り出してさらに面倒なことに。これがいわゆる「籔蛇」というやつかもしれないが、河童は蛇なら怖くない。いずれにしろ、河童である以前に小学生である僕に政治は難しすぎてよくわからないけれど、どうやらユリコという人が「ユリノミクス」という謎の言葉を発したらしく、その影響で爺ちゃんは急遽「キュウリノミクス」を唱えはじめた模様。

その前にはアベという人が「アベノミクス」と連呼していたようで、さらに遡ればレーガンという人が「レーガノミクス」とか言っていたらしいから、ならば「キュウリノミクス」はキュウリが唱えるべきだと思って僕は爺ちゃんにそう言った。

すると「キュウリノミクス!」の後に僕が「ハイ!」と返すタイミングで、やや前のめりになったところをカウンターアタックで殴られた。もちろんキュウリで。しかも往復で。これは確実に日野皓正の影響だと思う。

でも爺ちゃんの話を聴いていたらなんとなくわかってきた部分もあって、河童の生きやすい「河童ファースト」の世界を築くには、どうしても河童の主食であるキュウリをメインにお金を回す必要があり、だからいま必要な政策は何よりも「キュウリノミクス」なのだという。

そこで僕は、「世界の真ん中にキュウリが一本立っている」さまを思い浮かべてみた。そしてその屹立したキュウリに、巨大化した50円玉をすっぽりはめて回してみる。全然ピンと来ない。まったくお金が回らない。そもそも世界の中心がどんな場所なのか、さっぱりイメージできないのだった。

そんなことより何より、まずはなんとかして目の前で爺ちゃんが繰り広げているこの「キュウリノミクス」を止めなければならない。とは思いつつすっかり考えあぐねていたところに、窓の外から「い~し焼~きいも~」の声。

ほら、秋が来た。爺ちゃん咄嗟に「キュウリノミクス」のフレーズを、石焼き芋の旋律に乗せかえて。

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