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短篇小説「おとぼけフランス人シラーヌ・ゾンゼーヌ」

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「ハテ、ナンノコトデスカナ?」

ホームセンターから一歩出たところを取り押さえられたフランス人シラーヌ・ゾンゼーヌは、ロングコートのポケットをパンパンに膨らませながら、腕を掴んできた万引きGメンの女・東海林メアリーにそう言い放ったのだった。ちなみに、アメリカ人と日本人のハーフである東海林メアリーの異父妹は壁岡ミミアリーといい、二人は「美しすぎる万引きGメン姉妹」として名を馳せている。

第一声でしっかりすっとぼけたにもかかわらず、東海林の的確な判断と誘導により、シラーヌ・ゾンゼーヌはホームセンター店内のバックヤードへと巧みに連れ込まれていた。在庫商品のダンボールに囲まれた簡易テーブルの奥には、すでに店長の家中ひろしが慣れた調子で着席している。

「ほら、取ったもん全部出して」

テーブルを平手で二度叩きながら家中が指示すると、シラーヌ・ゾンゼーヌはわざわざ眉根を寄せて顔の彫りの深さを強調したうえで、精一杯キョトンとしてみせた。日本語がわからないフリをしているのである。

これでは埒が明かぬと判断した家中が、「じゃあ警察だな…」とわざと聞こえるように呟くと、シラーヌ・ゾンゼーヌは「ソレダケハ」と即座に反応するのだった。確実に日本語を理解できていることが証明された。

しかし家中が電話をかけるまでもなく、いつも懇意にしている刑事がその場にふらりと現れた。昨年、このホームセンターで店員7名が謎の失踪を遂げたという怪事件(未解決)を担当している、根掘葉掘彦という刑事である。

家中が依頼するまでもなく、根堀葉の取り調べがはじまった。しかし何を訊いても、シラーヌ・ゾンゼーヌはすっとぼけて何も答えようとしない。ついに訊くことがなくなった根堀葉は、好きな映画まで訊いてしまったが、彼はそれにも答えなかった。根堀葉は「『グーニーズ』が好きそうな顔だな」と一瞬思ったが、わざわざ言ったりはしなかった。

仕方がないので強硬手段に出ることに決めた根堀葉が、明らかに怪しい膨らみを保っているシラーヌ・ゾンゼーヌのコートのポケットに手を伸ばすと、シラーヌ・ゾンゼーヌはようやく「ドント! ドント!」と言葉を発しながら、その手を必死の形相で払いのけるのだった。

これはますます怪しいぞ。そう確信した根堀葉は、店長の家中ひろしと万引きGメンの東海林メアリーに目配せし、シラーヌ・ゾンゼーヌを左右から取り押さえさせた。そして無抵抗なシラーヌ・ゾンゼーヌの右ポケットへ強引に手を突っ込むと、根堀葉はその穴蔵から、得も言われぬ温かみを持つ物体を取り出した。同じ物が右ポケットから3つ、左ポケットからも3つで計6個。その間も、シラーヌ・ゾンゼーヌは「ドント! ドント!」と繰り返していた。

それはたしかに「ドント」だった。「ドント・タッチ・ミー!」の「ドント」ではなく、ひらがなの「どんと」であった。「ちゃっぷいちゃっぷい、どんとぽっちい」という西川のりおのCMでお馴染みの使い捨てカイロ「どんと」であった。しかもちょうどよく温まった、開封済みの。

完全な冤罪であった。シラーヌ・ゾンゼーヌは、お土産に大好きな「どんと」を5箱渡されたうえで解放された。

やがてバックヤードに残された面々のもとへ、店員7名失踪事件の捜査で来日中のFBI捜査官ヨイゴシ・ノーゼニーが現れた。失踪事件に国際指名手配犯が絡んでいる可能性が浮上したため、緊急来日していたのである。

万引きGメンの東海林メアリー、ホームセンター店長の家中ひろし、刑事の根堀葉堀彦、そしてFBI捜査官ヨイゴシ・ノーゼニー。この夜彼らは、飲みに飲んだ。お会計はもちろん、ヨイゴシ・ノーゼニーがすべて支払った。彼はつい帰国時の交通費まで飲んでしまい、しばらくこのホームセンターでバイトして帰りの旅費を稼ぐことになったが、一週間後には8人目の失踪者としてその名が記録された。


貼れるどんと 30個 (函入)

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