泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

悪戯短篇小説「元祖エビサーの誕生」

「これ以上は限界かもしれないな。もうマスプロだ」

ヨシカズはショーウィンドウに映った自らの後ろ姿を振り返り、そう呟いたのだった。マスプロとはもちろん、「見えすぎちゃって困る」の意である。

ヨシカズは数年前、ローライズブームが襲来した際に、仲間内の誰にも負けずいち早く流行を取り入れ、誰よりも学生ズボンをずり下げて生きてきた。ヨシカズは仲間たちから「トレンドクリエイター」と呼ばれていた。その称号を失うことが何よりも怖いヨシカズだった。
だがそのずり下げラインは時を経るごとに落ちてゆき、いまや膝の間にチャックがついている按配である。ベルトは太ももを縛る道具である。パンツとベルトの間には、思いのほか毛深い太ももが露出し、つまり上から見ていくと、学ランの裾、トランクスの下端、たわわな太もも、蛇革のベルト、学生ズボンというプログレッシヴな構成になっている。

「これじゃあ、キング・クリムゾンだな。21世紀の精神異常者だ」

意外とプログレも聴くヨシカズは、マスプロな自分の姿を見て、プログレの代表曲とも言えるその曲を口ずさんだりもする。

そうしてショーウィンドウを眺めているうちに、その中に飾ってあるベレー帽が急に欲しくなってきたヨシカズ。どうやらそこは帽子屋だったようで、ガラスに映る自分の姿にしか興味のなかったヨシカズは、そんなことにさえ今さら気づいたのであった。

「なぜか欲しいな」

ヨシカズは早速店内に入ろうと思い、入口のドアーを押した。
しかしドアーはどうにも開かない。ズボンがずり下がっているせいで、いくら腰を落としても充分なスタンスが取れず、下半身の力をうまくドアーに伝えることができないでいる。世の中は実はローライズに冷たいのだ。
ヨシカズはいったん力を抜き、それまで伏せていた顔を上げた。目の前の位置に、ドアーに赤字でプリントされた注意書きが見えた。

「押してダメなら引いてみな」

ヨシカズはハッとして、あわててズボンをヘソ上まで勢いよく引っ張り上げると、回れ右して堂々とその場を立ち去った。ベレー帽などちっとも欲しくなかったし、つまりドアーを開ける必要などまったくなかった。ただ良かったのは、ドアーに表記されていた文字から逆転の発想を学んだことだけであり、その日から彼はハイウエストなエビサーとして華麗な転身を遂げたのであった。

この日よりエビサー(蛭子能収的ハイウエスト)という名のジャンルが、世界を席巻することになる。

乗り遅れるな!

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