泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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『R-1ぐらんぷり2010決勝戦』

◆伏線と脱線のサンバ

本当に良かった。

いつも以上に審査基準が見えづらく、クオリティに明確な差があるわりには点差の少ない展開のなか、この日ダントツに面白かったあべこうじの優勝には心の底から納得、そして祝福。明らかにベタ寄りで関西ホームな審査基準には納得できぬ瞬間が多々あったが、結果としてちゃんと落ち着くところに落ち着いたのは、今日のあべこうじがそういった方向性の違いを乗り越えるまでのレベルにただ一人達していたということの証明だろう。

以下、それぞれについての感想を登場順に。

《1stラウンド》
COWCOW山田與志
先日のサバイバルステージで披露した地井武男阿藤快フリップネタに多少付け足した程度の内容。同じネタを可とするならば、サバイバルステージは放送しないほうが良い。というか放送しては駄目だ。審査員はおそらくサバイバルステージは観ていないので影響なく新鮮に審査できるように思えるが、しかし実のところ彼らは会場のリアクションの影響をモロに受ける。となると観客の中にサバイバルステージの放送を観た人が多ければ、当然審査にも悪い影響が出る。と、そこらへんの事情は別にしても、今回のネタは駄洒落の多さが気になった。去年までに比べ意図的にわかりやすくしてきたのだと思うが、ちょっとわかりやすすぎた。

バカリズム
とにかくネタのチョイスが悪い。ことあるごとに「〜感」という台詞を繰り出すヒーローもの。本当にそれだけの非常にミニマムなネタで、なぜこんなコント番組の場つなぎ的ネタをここに持ってきたのかがわからない。ひとつの言葉に頼りすぎる悪い癖が全面的に出た格好で、4分という時間を持たせるだけの強度がなかった。もっと良いネタはたくさんある人なので、これは明らかに選択ミス。しかし今日のシュール方面に手厳しい会場の雰囲気だと、ベストなネタを持ってきてもかなり厳しかったかもしれない。力的には間違いなくナンバー1なので、この大会との相性の悪さというか、こういうオープンな場所への向いてなさを改めて痛感。

いとうあさこ
妙な安定感があって、適度にベタ。ネタも当たりはずれが少なく、自分の世界へと一気に持っていく力強さが客席を巻き込んだ。言葉に頼りすぎてキャラを作れなかったバカリズムとは対照的に、キャラ一本での勝負はやはりわかりやすい。しかし結局のところよくある「あるあるネタ」なので、突き抜けるものはない。

【Gたかし】
COWCOW山田に比べると工夫のないプレーンな紙芝居。読み手がモノマネをしながら読む、というのが特徴といえば特徴だが、猪木、ボビー・オロゴン藤岡弘といった登場人物のチョイスが「いかにも面白い人」すぎて意外性がなく、ありがちなパロディ系ギャグ漫画になってしまっていた。もっと彼にしかできない微妙な面白さを持つ登場人物が欲しい。しかし最後の「全員しゃくれタッチ」は面白かった。スタート地点からあれくらいの強引さがあると良いが、となると着地はもはや不可能か。

川島明麒麟)】
良い声で漫画の台詞を言う、という前半の引用頼みの展開には辟易したが、後半はオリジナルネタになってやや安堵。しかし得意の「ええ声」が特に笑いを増幅させているとは思えず、なんとなく面白げな雰囲気は作れているものの、わりと普通のあるあるネタに終わった感も。全体に状況説明の前フリが長く、その待ち時間が無闇にオチのハードルを上げてしまっていた。

我人祥太
ネガティヴ系あるあるネタ。とにかく暗い方面に持って行こうとしているのはわかるのだが、その暗さが直情的というかシンプルすぎて笑いに繋がらない。ネガティヴな発想の面白さというのは、その過程の迷いや情けなさや陰湿さにあるわけで、こうもまっすぐに暗い方向へと突き進まれるとその先には何もない。基本的に明るくてストレートな人の発想から暗さを作っている感があって、どうも暗さにリアリティが感じられなかった。

なだぎ武ザ・プラン9)】
とにかく古い。ミッキーマウスの耳をつけた関西弁ヤンキーというわかりやすく変なキャラだが、顔や動きが生まれつきもっとコミカルな人(ナイナイ岡村志村けん等)でないと、キャラがベタさに負ける。ビバリーヒルズネタの頃はたしかに面白かったが、それ以外のネタはあまりにベタベタすぎて厳しい。格好良くも悪くもないルックスの中途半端さが、完全に足を引っ張っている。上っ面のキャラよりも中身で勝負したほうがいい人だと思うのだが、もともと中身がベタな人なのかもしれない。高田純次が「なだぎ武って名前だけで50点いれちゃっう」と冗談めかして言っていたが、本当にみんなそうなんじゃないか、と思うほどの高得点。

エハラマサヒロ
歌ネタを縮小し、かなり意識的に関西弁を前面に押し出したベタな内容。てっきり歌ネタで来ると思っていたので、そこは意外。「よくいる面白い先生」という設定だが、本当にそこらへんにいるレベルでしかない。最後にマイケル・ジャクソンの踊りを披露して多芸ぶりを見せるあたりあざといが、「面白さ」よりも「盛り上げること」を優先しているであろうこの人の個性が出ていた。個人的にはあくまで前者を優先してほしいが。

あべこうじ
いつものうざいひとり喋りなのだが、何かが違う。それは喋りが一本道ではなく、あちこちに魅力的な脱線があるからで、そうやって本筋から言葉がこぼれ落ちる瞬間瞬間が、これまでにない緊張感を生む。きっちりと方向づけされた話をスピード感に乗せる過去のパターンだと、内容がすっかり流れていってしまう感覚があったが、今回は脱線が絶妙な引っかかりとなって、話のフックがしっかりと出来ている印象があった。それでいてきっちりと随所に伏線を張って全体をまとめ上げる手際も見事で、伏線と脱線のコンビネーションが、スピードに乗って異様な緊張感を作り出していた。これまでの「上手い話」から数ランク上の「面白い話」へと突き抜けたその今さらな成長ぶりは本当に圧巻で、予想外の驚きがあった。ファイナルを前に、内容的にはこの時点ですでに圧倒的だった。


《ファイナル》
エハラマサヒロ
大人赤ちゃん、ラストにダンスつき。審査員の間には、オールマイティーな喜劇役者として評価する向きがあったように思うが、面白さとは関係のない要素もかなり紛れ込んでおり、個人的には散漫な印象。

あべこうじ
一本目と同様に面白い。完全に変身を遂げた。文句なしの優勝。

なだぎ武ザ・プラン9)】
ミッキーに続いてドラえもん。全体に緩く、ドラえもん時計に仕込まれたアイデアもありがち。すべてに関してひねりが少しずつ足りないので、全スピンを回転不足と判定したくなる。大げさな表情や動きもやはり古い。


全体のレベルはちょっと低かったように思うが、あべこうじは完全に頭ひとつふたつ抜けていた。あべこうじといえば毎年決勝に出場しながらも冴えない結果に終わっており、僕も今年の決勝ラインナップを見て「またコイツかよ!」と思ったクチだが、ここまで伸びているとはまったく予想できなかった。ここへ至る努力は(あったかどうか知らないけど)本当に尊敬に値する。成長するのは、伸びざかりの若手だけではない。そういう意味で、この結果はちょっと感動的ですらある。あとはパッとしない近年のR-1王者たちにならわず、しっかりとテレビで活躍してその成長した姿を見せつけてほしい。

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