泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「魔法使いの口説きかた」

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 いまこの竜的はサムシングが支配する世の中において、世界各地を冒険する戦士である私が考えているのは、どうすれば魔法使いをパーティーにスカウトできるかというこの一点である。魔法使いだって遊びではないのだから、まさかきびだんごひとつで誘うわけにもいかない。

 ちょうどモンスターをただ殴りつけるだけでは倒しづらくなってきたこの中盤の段階において、魔法使いという存在は、間違いなく行き詰まった物語の打開策になるはずだという確信が私にはある。

 世の中に魔法及び魔法使いが存在するということは、それらがどこかのタイミングで必ず必要とされているということである。少なくとも、この作られた世界においては。

 この手のソフト=世界においてはよくあることだが、ストーリー中盤あたりから急に、打たれ強いモンスターが出現するようになってくる。それらの多くは、どういうわけか半裸か薄着である。

 彼らの打たれ強さの正体が、体育会系の部活をやっていたことによる「体罰慣れ」であるのか、性的嗜好としての「ドM」なのかは私の知るところではないが、もしも後者であるとしたら私はモンスターたちをエンジョイさせるために冒険をしていることになる。履歴書の職種欄に書くとしたら、いちおう「サービス業」ということになるであろうか。

 もしも私の攻撃がそのような「サービス」に成り下がっているとするならば、やはりそろそろまったく別の攻撃手段が求められているということなのだろう。単純な打撃斬撃とは異なる、たとえば魔法のような手が。

 さて、しかしそこで面倒なのは、この世界においてスカウト可能な場所が酒場、中でもいわゆる「バー」に限られているということである。いったいそんな薄暗い場所で、魔法などという奇術を操る相手をどう口説けばいいというのか。

「あの~、魔法とかお好きなんですか?」
「ええ、好きっていうか、まぁ仕事ですから……」
「凄いじゃないですか! え、じゃあじゃあ、何か魔法やってみてくださいよ~!」
「いや、今日はちょっとプライベートなんで……あ、マスター、お会計お願い」

 と、こうなるのは目に見えている。そもそも飲酒というプライベートな習慣に割り込んで仕事仲間を探すという設定自体に、今どき疑問を感じないでもない。「飲んで気を許した隙に、アルコールの勢いで商談を持ちかけて無理をも通す」というのは、いかにも前時代的な手法ではないか。正攻法とはほど遠く、とても正義の味方の常套手段とは思えない。

 しかし世界にはハードがあってソフトがあり、我々はそのソフトの中に生きている。だから私がいかに強力な戦士であろうとも、ハードどころかソフトにすら一切の変更を加えることなどできない。だから私は、四の五の言わずにこのナンパのようなシチュエーションをクリアして、なんとしても魔法使いをスカウトしなければならないのだ。

 そういえば友達の友達の僧侶が、以前魔法使いを一撃でオトしたという話を聴いたことがある。その必勝法を僧侶は、「カクテルスライドカウンターアタック」と名づけていた。バーにおけるナンパ手段として有名な、カウンターの上をロングストロークで滑らせるあれである。

 しかし彼が滑らせたのはカクテルグラスではなく、数珠であったという。やはり自らのアイデンティティを表現する物体を滑らせることが、手っとり早い自己PRになるとのことであった。

 私はその必勝法を胸に、いざ繁華街のバーへと向かった。そしてとんがり帽を目印に、カウンターにいるそれっぽい女に狙いをつけると、彼女からやや距離を取って、同じくカウンター席の逆サイドに腰かけた。私と彼女のあいだには、幸いにも誰ひとり客はいない。今が紛うかたなきアタックチャンスである。

 一杯飲んで気持ちを落ち着けたところで、私はいよいよアタックを開始することにした。私は戦士である。だから私は、戦士の象徴であるものを、カウンター上に滑らせて彼女のもとへと届けることにした。鞘から取り出したそれは、カウンター上をクルクルと勢いよく回転しながら、ピスタチオの皮むきに熱中している女の脇腹を見事にえぐった。

 黒づくめの女の脇腹から赤い鮮血が噴き出すと、そこへ奥のテーブル席で飲んでいた見知らぬ僧侶が駆けつけた。そして僧侶が得意の回復魔法で女を手当てしているあいだに、別のテーブル席から物々しい肉体を持つ屈強なパラディンが現れ、両手を広げて女の盾となった。さらには私の後ろから、なにやら猛烈な勇気だけを感じさせる勇者が勇気あふれる剣さばきで斬りつけてきて、私は絶命した。

 それからどれくらいの時が経ったのであろうか。教会で目覚めた私の所持金は、どういうわけか半減していた。もしかするとあの店は、いわゆる「ぼったくりバー」というやつだったのであろうか。

 教会を出ると、思いがけぬ太陽の眩しさに目を細めた私は、楽しそうにはしゃぐ四人組のパーティーとすれ違った。それは勇者、パラディン、僧侶、魔法使いの四人組であった。そうかパーティーというのは、このようにして組めば良いのかと私は思った。


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As Above So Below

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短篇小説「雑談法」

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 七年前にいわゆる「雑談法」が施行されて以来、気軽に「雑談でもしましょう」などと言えない世の中になった。難儀なことである。

 「雑談法」により、「雑談」という文字どおり雑然とした概念は、改めて明確に定義されることとなった。はたして何が「雑」で何が「雑」でないのか? その曖昧すぎるボーダーラインは、それまであまりにもないがしろにされてきたと言うべきだろう。

 そもそも「雑談」とは、「とりとめのない話」や「無駄話」を指す言葉であるが、そんなことはわかっている。それでは何が「とりとめがなく」て何が「とりとめがある」のか、何が「無駄」で何が「無駄でない」のかと、単に問題を横にズラしただけで、何ひとつ定義したことにはならないのである。

 ここでいう「雑談」というものの正体をより正確に理解するためには、まずはその「雑談」に急遽スポットライトを当てた法律であるところの「雑談法」の成立過程をしっかり把握しておく必要があるだろう。なぜそのような、一見どうでもいいような、ピンポイントな法律が制定されたのか、ということを。

 議論の起こりはこうだ。雑談法が制定される五年ほど前から、すでに過酷すぎる労働環境問題、つまりブラック企業的な労働体制に関する対策の必要性が各方面より叫ばれていた。元社員や現役社員からの告発による企業イメージの低下を怖れた企業側は、やがてサービス残業の廃止や有給休暇の取得を促すなど、表面的な改善策を次々と提示することに。

 しかしそれは現実的な解決策とはならず、仕事を家に持ち帰ったり、プライベートな飲み会とは名ばかりの実質「会議」が公然と行われるといった由々しき事態が頻発することとなった。

 つまり、一見したところ会社にいる時間が短くなったため、仕事時間も減っているように見えるが、実質的には増えているどころか、よりプライベートが仕事に侵食されるという悲劇を招く結果となってしまっていたのである。

 なぜそのようなことになってしまうのだろう? そう考えた厚生労働省の官僚たちが思い至ったひとつの結論は、「人間はついつい、プライベートでも仕事の話をしてしまいがち」であるという普遍的事実であった。昼休みに同僚とランチを食べていても、仕事終わりに上司に飲みに連れていってもらっても、最初は単なる雑談をしていたはずが、いつのまにか仕事の話題になっている、というのはよくある展開どころか、むしろ自然な展開ですらあると言うべきだろう。

 だが厳密に言えば、仕事の話をした時点でそれはもう仕事であって、もっと言えば仕事のことが少しでも頭に思い浮かんだら、それはもう仕事をしているのとなんら変わりないのである。たとえば日曜日の夕方に『サザエさん』を観ながら、「あ~、もう日曜も終わりか。明日からまた仕事だな……」と思ったら、そう考えている最中はもう仕事をしているのと同義であると言っていい。

 とはいえ、むろん人間の思考回路まで法律で縛ることはできない。ならばせめて表に現れた部分だけでも、ということで、官僚が知恵を絞って考え出したのがこの「雑談法」である。これは簡単に言えば、「プライベートでの会話は雑談に限る」という法律であり、つまりは「プライベートで仕事及び仕事に役立つ類の話を一切してはならない」ということである。同僚や上司との飲み会がついつい会議になってしまうのは、しっかりと正しく雑談をしていないからである、というわけだ。

 法を破った際の罰則は基本的に罰金刑であるが、そもそも仕事というのは金を稼ぐためにするものであるから、そこでわざわざ金銭を失うということに対しては誰もが大きな抵抗を感じているようで、その抑止力は今のところけっして小さくはない。カフェ、居酒屋、ゴルフ場をはじめ、会話が頻繁に発生する場所にはかなりの「雑談Gメン」が配備されているという。

 取引先とのゴルフで、池ポチャしたボールを拾ってやる交換条件として突如商談を持ち出す、などという古典的手法はもってのほかだが、そこまで明確でなくとも、違法と判定されたケースはいくらもある。

 たとえばあなたが女性デザイナーであった場合。休日に彼氏とお洒落なカフェで雑談を楽しむのは悪くない。「なんだか雰囲気のいいお店だわ」「料理もなかなか悪くないし」と、ここまでは雑談ということで問題はない。

 しかしそこからの話の展開で、「このお店、壁紙のデザインがシックでいい感じだわ」「そうだな。ほら、お前がこないだデザインしたカーテンにちょっと似てないか?」となったらもうアウトである。この場合境界線の判定が難しいところで、「デザイン」というワードを持ち出した時点で「デザイナー」という自らの職業にまつわる話題を彼女が意図的に振っている、という見方もできるが、ここはやはり、具体的に彼女が職業的に手掛けた制作物を持ち出したという点で、彼氏のほうが有罪と判定される可能性が高い。

 そして彼氏は店内に常駐している「雑談Gメン」によりバックヤードに連れ込まれ、駆けつけた警官とともに防犯カメラで発言箇所を確認したうえで、「雑談違反切符」を切られることになる。

 そうなればこの彼氏は、彼女が普段会社からもらっている基本給に照らしあわせ、この話題が続いた時間分の残業代を自ら振り込まねばならない。ここで仕事の話題に触れているのは会社の上司でも同僚でもなく、社外の人間であるこの彼氏なのであるから、残業代とはいえ、会社がそれを負担するいわれはない。

 だがこれはまだ、彼女の職業が日常生活から少し距離を感じさせるだけ良いほうかもしれない。たとえば彼女が看護師であった場合、彼氏の体調を心配する声を掛けるだけで、即座に雑談法違反と認定されてしまうのだから。

 この「雑談法」が施行されて以降、世の中の「会話」に対する評価が一変したのは言うまでもない。それまでは、仕事のためになる話、役に立つ話をする人間が尊敬される傾向にあった。しかしこれ以降は、「いかに仕事とは無関係の、役に立たない話を続けられるか」という、本物の「雑談力」が重宝されるようになったのである。

 そしてそんな「雑談力」を身につけるのが、いかに難しいことであるかというのは、皆さんもすでにおわかりであろう。家庭で仕事の話をしなくなったら、妻との会話が一切なくなりまもなく離婚。彼氏が急に無口になったことで、つきあってからこれまでずっと彼の仕事上の自慢話だけを聞かされていたということに気づいて別れを決意。あれほど賑やかだったオフィス街の食堂が、満席の平日ランチタイムにお通夜のような無言に包まれるなど、当局には次々と悲劇的な報告が寄せられている。

 その一方で、「雑談力」に特化した教室やトレーニングも大流行しており、近ごろでは、その日の天気の話だけで半日持たせたという猛者も出現しているという。

短篇小説「憤と怒」

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 憤介が怒っているのは、いつものバス停に時間通りバスが来ないからであった。すでに時刻表から十分も遅れている。会社に遅刻すれば怒られるのは憤介なのだから、彼が怒るのも無理はない。しかしまにあったらまにあったで、要領の悪い憤介はどうせ別件で上司に怒られるので本当のところは大差ない。怒られる理由が変わるだけの話である。

 バスの運転手が怒っているのは、複数の乗客による「とまりますボタン」早押し合戦が先ほどから激化しているからだ。今朝のバスにはそれを押したがる子供が何人もいて、それをいっこうに止めようともせずそれどころか応援さえしてみせさえする親が何人もいた。親たちは別の親に怒り、子供たちは自分の一撃により期待どおりの悲鳴をあげないボタンに怒りをぶつけていた。

「とまりますボタン」が有効なのは、最初に押した人間だけということになっている。この不毛な略奪戦を生んでいるのは、そんな早い者勝ちな一番槍システムのせいであると、運転手は常日頃から憤りを感じていた。

 だが二番目に押したのもそれ以降に押したのもいちいち全部鳴っていたら、運転手がそれはそれで怒ったであろうことは想像に難くない。そんな運転手も、昔はブザーを押したくて押したくて震える子供だったのだが。

 運転手は、子供がボタンを押しそうなタイミングで急ブレーキをかけて彼らの体勢を前後左右へ崩したり、ブザー音を自らの車内アナウンスで掻き消したりすることに集中するあまり、運転がおろそかになってバスに大きな遅れが生じた。急ブレーキによる重力の変動が、何台ものスマホを床へと転がした。そして転がったスマホは、必ず誰かの足によって踏みにじられた。

 バスの横をすり抜けようとしていたバイク便のライダーは、自らの進路をいちいち妨害してくるバスの不安定な走行曲線に怒っていた。

 バスの不安定な進路を避けるためにふくらんだバイク便ライダーのハンドル操作が、今度はその後ろを走っていたタクシー運転手を怒らせた。急ブレーキを踏んだタクシー運転手はすべてをバイク便ライダーのせいにしようと大袈裟にクラクションを鳴らしたが、その爆音が後部座席で徹夜明けのうたた寝を決め込んでいる乗客の怒彦を叩き起こし怒らせた。

 クラクションで覚醒した怒彦は、昂ぶった気分を落ち着けるために目の前の助手席の背に貼りついている画期的増毛法のチラシを手にとって眺めた。ちょうど最近、薄くなってきたような気がしないでもない。近ごろは、飲みにいった先で毛髪の話ばかりしているような気がする。

 これもいい機会だと思い、同じ悩みを持つ同僚にもこのチラシを渡してやろう、みんなで増やせば怖くない! そう思い立って怒彦がチラシホルダーからもう三枚ほどチラシを抜き取ると、その中に一枚だけ脱毛業者のチラシが混じっており彼はまた猛烈な怒りを覚えた。左袖をまくり時計を見るふりをして、腕毛を一本ひっこ抜くとその怒りは不思議と収まった。

 だが収まった怒りもささいなことで復活することを諦めてはいない。いったん冷静になったついでに改めてチラシを吟味してみれば、増毛チラシの電話番号下四桁は「2834(ふやすよ)」、脱毛チラシの下四桁は「5742(けなしに)」となっていることに彼は気づいてしまった。増毛屋が数字の3を英語読み「スリー」の「す」に当てはめたのもたいがいだが、脱毛屋の5を「け」と読ませる強引さには怒りを通り越して失笑が漏れた。

 彼は普段から、何事につけ増やすよりも減らすほうが残酷な行為であると感じていたため、両者の決定的な相違がこのチラシにより立証されたような気がしてまた怒った。通り越したはずの怒りが踵を返して再び襲いかかってくるのは良くあることだ。

 そんな怒彦がチラシをブリーフケースに突っ込んでタクシーを降り(このブリーフケースに彼は、律儀にもちょうどこの日購入したばかりの白ブリーフを入れていたが、それはまた別の話。ちなみにこのブリーフは買ったばかりであるにもかかわらず黄ばんでいたが、それもまた別の話だ)、会社の入っている高層ビルへと入っていった。 

 怒彦がエレベーターに乗って自らの部長席へとたどり着くと、すでに始業時間を二十分過ぎていた。席について周囲を見まわすと、直前に同じく遅刻してきたらしい部下の憤介が慌ただしく始業準備をしている姿が目に入った。彼はいつもならば一分の遅刻でさえ部下を叱り飛ばすところだが、この日は自分も遅刻をしていたため怒ることができなかった。

 怒彦はそっと憤介に近づくと、自分の同じく薄毛の憤介に、先ほど手に入れたチラシの中から、嫌がらせのつもりで脱毛のほうを手渡してやった。しかし憤介は薄毛であると同時にムダ毛にも悩んでいたため彼はそれを大いに喜び、この日から「憤」と「怒」はお昼休みに仲良くランチへ行くようになったという。

  
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