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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

「2016秋ドラマ」傾向と対策~ドキッ! 刑事と刑事っぽい人だらけの秋ドラマ大会~

ドラマ評 コラム

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◆1クラスに14人の警察関係者がいる状態!?

それにしても現代日本には、いったいどれだけの数の刑事がいるというのか。より正確にいえば、「刑事とその周辺の職種の人々」が。いやいるんだろうけど、こんなには。

2016年秋ドラマのラインナップが出揃った。下記に並べたそのタイトル一覧を見れば、誰もがそう感じるのではないだろうか。

ここに挙げた25本中6本が刑事ドラマ(★印)、さらにはその周辺の捜査官・探偵系(☆印)まで含めると、実に9本(全体の36%)にのぼる。この割合だと、小中学校の40人クラスの教室に、未来の警察関係者が14人もいたことになる。とてもじゃないが、国の治安を任せられる人物がそんなにいた記憶はない。

しかしこれはドラマの世界であり、ドラマ内で扱われるのは多くの場合、なにかしらのニュースになるような「事件」だ。そう考えてみると、我々が普段ニュースやワイドショーで目にするような「事件」には、結構な比率で警察関係者が関わっているはずで。むしろ36%では全然少なくて、過半数を超えていてもおかしくないような気もしてくる。

実際のところはごくシンプルに、長年にわたる『相棒』人気の影響なのだとは思うが。


◆コック警部の晩餐会にはナシゴレンが並んでいる?

とはいえ、さすがにここまで刑事系ドラマが並ぶと、今度はそれぞれ個性を打ち出すのに苦戦しているようで、タイトルからもその苦労の跡がうかがえる。

『警視庁 ナシゴレン課』と『コック警部の晩餐会』のように、刑事というだけでなく「グルメっぽい響き」まで似た感じになってしまっているものもあって、これは由々しき問題である。後者の「コック警部」が作ったのが前者の「ナシゴレン課」なのではないか、そしてコック警部の晩餐会にはきっとナシゴレンが出てくるはずだ、などと考えはじめると、間違ってつい腑に落ちてしまいそうになる。

では、果たしてどちらのドラマがよりグルメ寄りなのか? そう思ってそれぞれの公式HPを確認したところ、なんと『ナシゴレン課』のほうには、グルメ要素が一切見当たらない! 唯一ひっかかるのは、古田新太の演じる刑事の役名・石鍋幹太の「石鍋」の部分くらいで。さすがに「ナシゴレン課」にした理由は、ドラマ内で何かしら明かされるのだろうが。

その他にも、「嗅覚捜査官」に「潜入捜査アイドル」、そして『IQ246~華麗なる事件簿~』はあの舘ひろし主演作『刑事貴族』を思い起こさせる「貴族」設定で攻めてくる。


◆刑事ドラマ以外も「王道よけ」設定がむしろ主流に

さらに設定のニッチさという意味では、最近の傾向とはいえ、刑事系ドラマ以外も結構凄いことになっている。

『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』は文字通り出版社の「校閲係」、『逃げるは恥だが役に立つ』は「契約妻」、『Chef~三ツ星の給食~』は「給食調理員」、『家政夫のミタゾノ』はもちろん「家政夫」でしかもなぜか女装、そして『レンタル救世主』――「王道」という名の高速道路を避けて入り組んだ下道を行くような、変化球的設定の作品がズラリと並んでいる。

しかしこうなってみると反対に、渋滞していたはずの高速がガラガラに空いているようにも見えてきたり。『相棒』と『ドクターX』がETCをスイスイと通過していく画が見える。

といっても、ここはやはり新戦力に期待したい。個人的には金曜21時のTBSが暗さ全開のサスペンスをやるのが好きなので、『砂の塔~知りすぎた隣人』を楽しみにしている。


『カインとアベル』(フジテレビ/月曜21時/山田涼介Hey! Say! JUMP)主演/10月17日~)
http://blog.fujitv.co.jp/CainandAbel/
★『警視庁 ナシゴレン課』(テレビ朝日/月曜23時15分/島崎遥香AKB48)主演/10月17日~)
http://www.tv-asahi.co.jp/nashigorenka/
『メディカルチーム レディ・ダ・ヴィンチの診断』(フジテレビ/火曜21時/吉田羊主演/10月11日~)
http://www.ktv.jp/ladydavinci/index.html
逃げるは恥だが役に立つ』(TBS/火曜22時/新垣結衣主演/10月11日~)
http://www.tbs.co.jp/NIGEHAJI_tbs/
★『相棒 Season 15』(テレビ朝日/水曜21時/水谷豊主演/10月12日~)
http://www.tv-asahi.co.jp/aibou/
『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ/水曜22時/石原さとみ主演/10月5日~)
http://www.ntv.co.jp/jimisugo/
★『コック警部の晩餐会』(TBS/水曜24時10分/柄本佑主演/10月19日~)
http://www.tbs.co.jp/cook_keibu/
☆『科捜研の女 第16シリーズ』(テレビ朝日/木曜22時/沢口靖子主演/10月某日(未定)~)
http://www.tv-asahi.co.jp/kasouken16/
『ドクターX~外科医・大門未知子~第4シリーズ』(テレビ朝日/木曜21時/米倉涼子主演/10月13日~)
http://www.tv-asahi.co.jp/doctor-x/
『Chef~三ツ星の給食~』(フジテレビ/木曜22時/天海祐希主演/10月13日~)
http://www.fujitv.co.jp/Chef/index.html
黒い十人の女』(日本テレビ/木曜23時59分/船越英一郎主演/9月29日~)
http://www.ytv.co.jp/kuro10/
石川五右衛門』(テレビ東京/金曜20時/市川海老蔵主演/10月14~)
http://www.tv-tokyo.co.jp/ishikawa_goemon/
『運命に、似た恋』(NHK総合/金曜22時/原田知世主演/9月23日~)
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/22000/246705.html
『砂の塔~知りすぎた隣人』(TBS/金曜22時/菅野美穂主演/10月14日~)
http://www.tbs.co.jp/sunanotou/
『家政夫のミタゾノ』(テレビ朝日/金曜23時15分/松岡昌宏TOKIO)主演/10月21日~)
http://www.tv-asahi.co.jp/mitazono/
『勇者ヨシヒコと導かれし七人』(テレビ東京/金曜24時12分/山田孝之主演/10月7日~)
http://www.tv-tokyo.co.jp/yoshihiko3/
『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』(テレビ東京/金曜24時52分/大島美幸・安藤なつ主演/10月14日~)
http://www.tv-tokyo.co.jp/kichijoji/
夏目漱石の妻』(NHK総合/土曜21時/尾野真千子主演/9月24日~)
http://www.nhk.or.jp/dodra/souseki/
★『THE LAST COP/ラストコップ』(日本テレビ/土曜21時/唐沢寿明主演/10月8日~)
http://www.ntv.co.jp/lastcop/
☆『スニッファー嗅覚捜査官』(NHK総合/土曜22時/阿部寛主演/10月22日~)
http://www.nhk.or.jp/dodra/sniffer/
『とげ 小市民 倉永晴之の逆襲』(フジテレビ/土曜23時/田辺誠一主演/10月8日~)
http://tokai-tv.com/toge/
★『潜入捜査アイドル・刑事ダンス』(テレビ東京/土曜24時20分/中村蒼主演/10月8日~)
http://www.tv-tokyo.co.jp/dekadance/
☆『IQ246~華麗なる事件簿~』(TBS/日曜21時/織田裕二主演/10月16日~)
http://www.tbs.co.jp/IQ246/
★『キャリア~掟破りの警察署長~』(フジテレビ/日曜21時/玉木宏主演/10月9日~)
http://www.fujitv.co.jp/career/index.html
『レンタル救世主』(日本テレビ/日曜22時30分/沢村一樹主演/10月9日~)
http://www.ntv.co.jp/renkyu/

弱くはかないもの…それはスリッパ

コラム

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スリッパがすぐ駄目になるので丈夫なスリッパが欲しいが、そうなるとそれはサンダルになり靴になりはしないか。

スリッパは弱いからスリッパなのであって、強くなったらもうそれはスリッパではない。

スリッパは人をリラックスさせなければならない。なぜならばそれは人がリラックスするための場所、つまり室内で履かれるものだからであり、だからスリッパには素足感覚を邪魔しない柔らかさ謙虚さが求められる。

いや柔らかい素材の中にも、それでいて強靱な素材はあるだろう。しかしそのような無茶ぶり的二律背反を実現するような製品は、必ずや高価なものだ。

スリッパは必ず安くなければならない。人は高価なものを身につけていると、「壊してしまったらどうしよう」と考えるためそのステップが終始おっかなびっくりになり、いっこうにリラックスできないからだ。

問題はあるいはスリッパではなく、床のほうにあるのかもしれない。床がもう少し優しければ、スリッパは弱くとも生き延びてゆけるかもしれない。

と思って少し柔らかな「クッションフロアー」なるものを踏みしめたときの感触を思い浮かべてみると、どうにも不安定で船酔いするような気分になる。砂場を想像するとさらに。

やはり足元は固くなくてはいけない。あるいは「ゆとり教育」というのもこういうことなのかもしれないし、完全に喩えを間違えているのかもしれない。

考えてみれば我々は少々スリッパを甘やかしすぎてきた。ひょっとしたら生まれつき弱いスリッパだって、鍛えれば涙の数だけ強くなれるのではないか。

というわけで次に買ったスリッパは、高いところから落としたり、冷水を浴びせたり、真ん中で折り曲げて腹筋をさせたりしてみっちり鍛え抜いてから履こうと思う。

そして僕は、ムキムキのシックスパックのスリッパに足を通すことになるだろう。それこそクッションフロアーみたいで願い下げである。

ちなみに表題は「儚い」と「履かない」をかけたものだが、それに気づいたところで何の得もないうえに、現に僕はいまスリッパを履いている。もうスリッパなんて履かないなんて言わないよ絶対。

響きを優先すると、人は平気で嘘をつく。

真田昌幸の遺言~『真田丸』『城塞』『真田太平記』それぞれが遺した珠玉の言葉たち~

コラム ドラマ評

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◆昌幸にとって唯一無二の「御館様」武田信玄の影響を感じさせる『真田丸』の遺言

先日放送された大河ドラマ真田丸』第38回で、草刈正雄演じる真田昌幸がいよいよその最期を迎えた。あるいは主人公の信繁以上に愛されていたかもしれない父・昌幸の死は、間違いなくこのドラマにおけるひとつのクライマックスであっただろう。

ところで、以前から真田家絡みの小説を好んで読んできた僕は、その昌幸がいまわの際に放つ最期の台詞に注目していた。なぜならば、この昌幸の「遺言」とも言うべきひとことが、この先の信繁=幸村の人生における、ひとつの指針を指し示すことになるからである。

そして僕はそもそも、司馬遼太郎の小説『城塞』の中で、真田昌幸が次男・信繁に遺した最期の言葉を読んだことがきっかけで、大の真田ファンになった。おそらくは『真田丸』の脚本を担当している三谷幸喜も、先行作品である『城塞』のこの部分に関しては、必ず意識してくるはずだ。さらに彼ならば、こういう重要なポイントに、きっと新しい角度をもたらしてくるはずであると、以前から密かに期待していた。

まずは今回『真田丸』で昌幸が発した臨終の言葉の中から、特に印象的な部分を引用してみたい。

病床の昌幸は、信繁に打倒・家康の秘策を滔々と語りはじめる。それを聴いていた信繁は、感服しつつもこう訊き返す。

「しかし、父上ならきっとうまく運ぶでしょうが、わたしでは難しいのでは。わたしには場数が足りません」

それに対し昌幸は、このように言い遺す。

「わしの立てる策に場数などいらん。心得はひとつ。軍勢をひとつの塊と思うな。ひとりひとりが生きておる。ひとりひとりが思いを持っておる。それを、ゆめゆめ忘れるな」
大河ドラマ真田丸』第38回)

真田丸』における昌幸は、最期に武田信玄の幻影を追うようにして、この世を去る。この言葉はまさに、彼にとっての「御館様」であった武田信玄の名言とされる「人は城、人は石垣、人は堀」の影響下にある。


◆信繁がこの先衝突する現実の壁を、言い当ててみせた先見性が光る『城塞』の遺言

しかしこの言葉は、『城塞』読者にとっては少々意外だった。なぜならば言葉の意味する内容が、一見すると真逆であったからだ。『城塞』の昌幸は信繁に、やはり家康対策の具体案を述べたうえでこう言い遺す。その言葉は作品内で形を変えて二度描写されているが、ここではよくまとまっているほうを引用する。

「そのほうは、才はわしよりすぐれているかもしれない。が、若くして九度山に蟄居したため世間にその閲歴を知られていない。だからこの策をもって大坂の城衆を説いても、たれもがそのほうを信用せぬ。世間のことは、要は人である。わしという男が徳川の大軍と二度戦い、二度ともやぶったということを世間は知っている。そのわしがこの策を出せば大坂の城衆も大いに悦服し、心をそろえてその策どおりにうごくだろう。妙案などはいくらでもある。しかしそれを用いる人物の信用度が、その案を成功させたりさせなかったりするのだ。そのほうではとうてい無理である」
司馬遼太郎『城塞』)

真田丸』に比べると、随分とネガティブに響く言葉かもしれない。「妙案はいくらでもある」と言いながら、「それはお前には実現不可能である」と厳しい現実を突きつけている。

ならばなぜそんなことをわざわざ言うのか、と信繁は思っただろう。あるいは「だから家康を倒そうなどと考えるな」と息子に忠告しているようにも見える。

だが現実として、これほどまでに世間の実態を炙りだす言葉もないだろう。そして信繁はこの先、ここで昌幸に言われた言葉の確かさを、重ね重ね思い知らされることになるのである。

この『城塞』の台詞に比べると、『真田丸』の台詞はやや希望的に過ぎるようにも感じられる。「わしの立てる策に場数などいらん」というのは、『城塞』の昌幸が指摘してみせた「実績重視」の世の中を否定、あるいは軽視しているように響く。

しかしことはそう単純ではない。言い方をまるで真逆方向にまで変えながらも、やはり僕には、この二つが同じことを言っているように思えるのである。


◆前向きな響きを持ちながらも、たしかな絶望を滲ませる『真田太平記』の遺言

その思いは、真田家を扱ったもうひとつの重要作『真田太平記』における昌幸臨終のシーンを考えることによって確信に近いものへと変わる。原作小説のほうの『真田太平記』には特に遺言らしい遺言は用意されていないが、若き日の草刈正雄が幸村役を務めたドラマ版のほうでは、昌幸役の丹波哲郎による、短いながらも印象的な台詞が遺されている。

「左衛門佐、わしに夢を見させてくれ。わしの見果てぬ夢をのう…」
(ドラマ『真田太平記』第32回)

言葉の印象としては、『真田丸』以上にポジティブなものである。だがここまで強く「夢を見させてくれ」とまでいうのは、むしろ「無理を承知で」言い放っているように聞こえやしないだろうか。そして天下の状勢的には、明らかに家康の打倒が極めて困難な状況であった。だからこそ、その難しさを十二分にわかったうえで「見果てぬ夢」として昌幸がこれを言い、聴き手の幸村もまた「無理を承知で」これを聴いている。

これはもうドラマならではの「空気感」としか言い様がないのだが、『真田太平記』における昌幸は、けっしてシンプルに息子への希望を託す言葉としてこの台詞を言ってはいない。それはもしかすると、「歴史」という結果を知っている我々だからこそ、そう思えてしまうだけなのかもしれない。

しかしそのように考えてみると、先に引用した『真田丸』における昌幸の台詞にも、その言葉ほどには強気でも希望的でもない、ある種の絶望が根底に横たわっているように感じられるのだ。

あるいは文字だけの小説とは違い、演技という見た目の要素をも多分に含むからこそ、ドラマ版の二作はあえて希望的な台詞を言わせたのかもしれない。どれだけポジティブなことを言っても、役者の表情や声のトーンによって、その印象はネガティブに変わる。そう考えて読み直してみると、『城塞』の台詞は、やや全部を率直に言いすぎているようにも思えてくる。

真田丸』によって昌幸ロスに陥っている方々には、ぜひドラマ『真田太平記』や小説『城塞』『真田太平記』にも触れてみてほしい。そこにはまた別角度から描かれた昌幸がいて、触れれば触れるほどその像は生き生きと、立体感を増して生き生きとしてくるはずだ。


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