泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

竹届物語

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今日は海女損に注文していたさまぁ~ずの青竹一樹が届いた。いやこの竹がもしも都会派なら青竹まことかもしれず、演技派なら青竹しのぶかもしれない。

わりといい値段がしたのは、これがかぐや姫を輩出したその竹だからだろうか。だとすれば、「かぐや姫使用済み青竹」という触れ込みで、ブルセラ的な価値が付着していたとしてもおかしくない。なにしろずっと着用(?)していたのだし。いや普通に新品が欲しいが。

もしくはこれが、「竹を割ったような性格」という比喩を生み出した、まさにその竹であるからかもしれない。その秀逸な比喩を生みだした人物は、斧でこの竹を割った際に、「そういえばこんな性格の奴がいるな」と思いついたのだろう。「有用な比喩を思いつかせた」という無形の手柄に、どれだけの価値が付与されるのかは知らないが。

竹で作った道具としてはやはり竹馬が有名だが、個人的には竹馬がそんなに「馬」だとは思わない。そもそも足の本数が少なすぎるし、首が長すぎるし、馬は立って乗るものでもない。馬のように速く走れるわけでもなく、ヒヒーンと鳴くわけでもない。ただ「人が上に乗っている」というだけで、馬を連想するのはイメージが遠すぎやしないか。

ちなみにこの竹には、足裏への刺激を強めるためのイボが複数ついていて、それらのイボはコロッケが千昌夫のモノマネをする際に取りつけるものよりも小さい。そのぶん数は多いが、コロッケも商売道具のスペアはかなり所持しているに違いないので微妙なところ。ただこちらのほうが硬いという確信はある。

――と、改めてこの青竹を眺めてみると、言うほど「青くないな」と思う。というか、まったくもって青くない。なんでだろうと思い念のため注文履歴を確認してみると、正式な商品名は「健康竹踏み(イボ付箱入り)」となっていて、「青」の字はどこにもない。

そこはなんとなく「青竹踏み」というひとつのジャンルとして認識しているから、「青」のない「竹踏み」が存在するという概念すら僕にはなかった。少し騙されたような気にもなるが、別に青じゃなきゃやだというこだわりもない。ただ、そうとなればこの文章の書き出しを間違えた、という厳然たる事実があるだけである。

それにしても、商品名にわざわざ付け加えられている(イボ付箱入り)というワードのイメージ喚起力の強さといったら。イボ付といったら千昌夫、箱入り娘といったらかぐや姫。両者を足したら、「かぐや昌夫」あるいは「千姫」。

千姫といったら徳川家康の孫であり豊臣秀頼の妻であり、大阪夏の陣で落城する大阪城から救出された悲劇のヒロインである。だからといってこの竹を千姫と名づけるかといえばやはり踏みつけるのは忍びなく、僕は消去法でこれを「かぐや昌夫」と名づけたい。名づけたところで、一度たりとも呼ぶことはなく、ただ無言で踏みしだくのみ。

健康竹踏み(イボ付箱入り)

健康竹踏み(イボ付箱入り)

「新語流行語全部入り小説2018」

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 あるテニスの試合のハーフタイム中に、U.S.A.帰りのなおみがTik Tokの動画を観ながらかつお節のおにぎりを食べていた。これすなわち、ご飯論法でいうところのなおみ節である。これはそのとき食べているものと、食べている人の名前をただくっつけてしまうという画期的な論法であり、そのダサかっこいい響きが若者を中心にウケているという。

 たとえば「ひろみ」と「よしこ」と「つとむ」と「こうじ」と「りか」の計五人が天津飯を食べていたら、それはご飯論法によれば、ごくごく簡単な足し算により「ひょっこりはん」ということになる。だからなんだというのか。

 このご飯論法の大流行により、2018年はご飯つまりお米の消費量が飛躍的に伸びることとなった。この夏の災害級の暑さにもかかわらず、結果的に農家の懐には大金が、まるでお金に足が生えたように飛び込んでくるという、いわゆる金足農旋風が全国各地の米どころを中心に巻き起こっている。

 空前のライスブームに伴い、米の品種にこだわる人々が続出。やがてプロのお米評論家が高床式倉庫内で各種お米の味比べをする利き米イベント「高プロ」が各地で開催された。その際、審査員が必ず奈良漬けをお供にお米の味を判定することから、そのスタイルは奈良判定と名づけられた。その組み合わせはやがて一般にも普及し、インスタグラムには奈良漬けとご飯とMeTooの三点セットが並んだ。

 ちなみに、この際ご飯に添えられる奈良漬けを、出場者だけでなく観客の分まで会場近くのスーパーマーケットが無償で提供するという、いわばスーパーボランティアとも言うべき企業活動が、イベントへの集客を促し地域経済の活性化にひと役買っている。

 このお米ブームは、すでに白米信仰と呼べるまでの域に達している。「白いお米こそが純真無垢な汚れなき状態である」という偏った考えが広まり、たとえばかつてお馴染みであった、おにぎりに海苔を巻く行為などは、オールブラックスによる白米への悪質タックル、いわばブラックアウトであるとして忌避されるようにさえなった。

 また、白米と一緒に奈良漬けを食する際にも、褐色の奈良漬けを白米に乗せて色づけることは、白米を暗い色で包み隠すダークウェブ行為とされ、すっかり御法度となっているのはむしろ自然な流れと言えるだろう。

 このご飯論法に端を発したお米ブームを受けて全国的に農地が激増。戦後の農地改革以来のこの大変動を、総理大臣が「豊作半端ないって!」と無闇に絶賛したことにより、歯止めが利かなくなった農地急増問題は総理自らの責任を問われる首相案件となっている。

 こうして農地が増加したことにより生態系にも自動的に変化が見られ、各地の田んぼでカメが異常繁殖した。農家は作物を食い荒らすカメの増殖を阻止する「カメ止め」の策を練り、中にはトラクターをあえて荒々しく運転することでカメを隣の田んぼへ追い払うという乱暴なあおり運転も横行した。

 その際、トラクターを運転するグレイヘアのベテラン農夫たちは、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」という罵声をカメに浴びせつつあおるのが常であった。

 だがその発言が暴力的で子供に悪影響であると周辺住民や近隣学校のPTAからたび重なる注意を受けた農夫たちは、よりオブラートに包んだ罵声が必要であると考え、「このままじゃ俺たちの米が育たねぇ」という不満を略した四文字「そだねー」と可愛く叫びながらあおり運転を行うようになった。

 一方で、追い立てられるほうのカメもそれなりに心得ており、まもなくトラクターが接近すると土中へ潜ってしばし出てこないという保身の策を編みだした。このカメが地中に潜っている時間帯を「もぐもぐタイム」と可愛く表現したのは東北のテレビ局であった。

 やがてカメが引きこもるもぐもぐタイムが定期的に訪れることに気づいた農夫は、毎日ルーティーンでやってくるその時間帯になると、決まってトラクターを計画運休して昼食を取るようになった。こちらもまた別の意味におけるもぐもぐタイムで対抗しようというわけだ。

 さらに、これはちょっと奇妙な一致であり因果関係はいまだもって不明なのだが、仮想通貨が暴落する時には、必ず日本各地でもぐもぐタイムが同時発生しているという報告もある。地震を予知するナマズのように、カメの動きと仮想通貨の相場変動を関連づける研究が急ピッチで進められている。
 
 だが敵が休んでいるあいだに、こちらも休んでいては作業効率が落ちるばかりである。そこに気づいた賢明な農夫たちは、やがてカメ渾身のアイデアであったもぐもぐタイムを、鍬を担いで待ち伏せするようになった。

 そのことにただならぬ危機感を感じ、「君たちはどう生きるか」と生まれて初めて自問したカメたちは、実に信じがたいことではあるが、今度はわずかにその羽のない体で「翔んで逃げる」ことを覚えはじめたのであった。そうしてカメがあちこち翔んでいる時間帯を、子供たちは「翔タイム」と呼んで囃したてた。

 こうしてカメと農夫の闘いが白熱する一方、そんな様子を外から眺めている通学途中の女子高生たちが闘う農夫たちを応援しはじめ、アイドル化した農夫を女子高生が追っかけまわすというおっさんずラブな光景が各地で見られた。そうやって生まれた女子高生と農夫のカップルは、GAFA(GAL&FARMER)と略された。

 女子高生らは、カメと農夫の戦闘をまるでスポーツを観るように稲穂を振り振り応援し、お米の「イネ」を「いいね」と掛けて「eね」と表現したことから、彼らの田んぼを巡る争いはやがて「eスポーツ」と称されるまでになった。

 そうしてカメと農夫のeスポーツは独自の進化を遂げるとともに、農夫たちはアスリートとしての自分に目覚め、「筋肉は裏切らない」という合い言葉のもと、農業よりも筋トレに勤しむようになった。それは彼らを追いかける女子高生たちが、カメ退治よりも熱い胸板と割れた腹筋を求めたからであり、そんな彼女らのプレッシャーにより本業にかける時間が減ることは、厚生労働署により時短ハラスメントと認定された。

 ところで最初になおみがハーフタイム中に観ていたのは、以上の経緯をすべて収めたTik Tokの動画であった。これだけの内容が、たった15秒間のダンスのみで表現されているというのだから驚きである。

新語・流行語大賞2018 候補語一覧》
あおり運転/悪質タックル/eスポーツ/(大迫)半端ないって/おっさんずラブGAFA(ガーファ)/仮想通貨 / ダークウェブ / 金足農旋風 /カメ止め / 君たちはどう生きるか / 筋肉は裏切らない/グレイヘア/計画運休/高プロ高度プロフェッショナル制度)/ご飯論法/災害級の暑さ/時短ハラスメント(ジタハラ)/首相案件/翔タイム/スーパーボランティア/そだねー/ダサかっこいい/U.S.A./Tik Tok/なおみ節/奈良判定ひょっこりはん/ブラックアウト/ボーッと生きてんじゃねーよ!/#MeTooもぐもぐタイム


※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機でのみ書かれたフィクションです。


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短篇小説「魔法使いの口説きかた」

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 いまこの竜的はサムシングが支配する世の中において、世界各地を冒険する戦士である私が考えているのは、どうすれば魔法使いをパーティーにスカウトできるかというこの一点である。魔法使いだって遊びではないのだから、まさかきびだんごひとつで誘うわけにもいかない。

 ちょうどモンスターをただ殴りつけるだけでは倒しづらくなってきたこの中盤の段階において、魔法使いという存在は、間違いなく行き詰まった物語の打開策になるはずだという確信が私にはある。

 世の中に魔法及び魔法使いが存在するということは、それらがどこかのタイミングで必ず必要とされているということである。少なくとも、この作られた世界においては。

 この手のソフト=世界においてはよくあることだが、ストーリー中盤あたりから急に、打たれ強いモンスターが出現するようになってくる。それらの多くは、どういうわけか半裸か薄着である。

 彼らの打たれ強さの正体が、体育会系の部活をやっていたことによる「体罰慣れ」であるのか、性的嗜好としての「ドM」なのかは私の知るところではないが、もしも後者であるとしたら私はモンスターたちをエンジョイさせるために冒険をしていることになる。履歴書の職種欄に書くとしたら、いちおう「サービス業」ということになるであろうか。

 もしも私の攻撃がそのような「サービス」に成り下がっているとするならば、やはりそろそろまったく別の攻撃手段が求められているということなのだろう。単純な打撃斬撃とは異なる、たとえば魔法のような手が。

 さて、しかしそこで面倒なのは、この世界においてスカウト可能な場所が酒場、中でもいわゆる「バー」に限られているということである。いったいそんな薄暗い場所で、魔法などという奇術を操る相手をどう口説けばいいというのか。

「あの~、魔法とかお好きなんですか?」
「ええ、好きっていうか、まぁ仕事ですから……」
「凄いじゃないですか! え、じゃあじゃあ、何か魔法やってみてくださいよ~!」
「いや、今日はちょっとプライベートなんで……あ、マスター、お会計お願い」

 と、こうなるのは目に見えている。そもそも飲酒というプライベートな習慣に割り込んで仕事仲間を探すという設定自体に、今どき疑問を感じないでもない。「飲んで気を許した隙に、アルコールの勢いで商談を持ちかけて無理をも通す」というのは、いかにも前時代的な手法ではないか。正攻法とはほど遠く、とても正義の味方の常套手段とは思えない。

 しかし世界にはハードがあってソフトがあり、我々はそのソフトの中に生きている。だから私がいかに強力な戦士であろうとも、ハードどころかソフトにすら一切の変更を加えることなどできない。だから私は、四の五の言わずにこのナンパのようなシチュエーションをクリアして、なんとしても魔法使いをスカウトしなければならないのだ。

 そういえば友達の友達の僧侶が、以前魔法使いを一撃でオトしたという話を聴いたことがある。その必勝法を僧侶は、「カクテルスライドカウンターアタック」と名づけていた。バーにおけるナンパ手段として有名な、カウンターの上をロングストロークで滑らせるあれである。

 しかし彼が滑らせたのはカクテルグラスではなく、数珠であったという。やはり自らのアイデンティティを表現する物体を滑らせることが、手っとり早い自己PRになるとのことであった。

 私はその必勝法を胸に、いざ繁華街のバーへと向かった。そしてとんがり帽を目印に、カウンターにいるそれっぽい女に狙いをつけると、彼女からやや距離を取って、同じくカウンター席の逆サイドに腰かけた。私と彼女のあいだには、幸いにも誰ひとり客はいない。今が紛うかたなきアタックチャンスである。

 一杯飲んで気持ちを落ち着けたところで、私はいよいよアタックを開始することにした。私は戦士である。だから私は、戦士の象徴であるものを、カウンター上に滑らせて彼女のもとへと届けることにした。鞘から取り出したそれは、カウンター上をクルクルと勢いよく回転しながら、ピスタチオの皮むきに熱中している女の脇腹を見事にえぐった。

 黒づくめの女の脇腹から赤い鮮血が噴き出すと、そこへ奥のテーブル席で飲んでいた見知らぬ僧侶が駆けつけた。そして僧侶が得意の回復魔法で女を手当てしているあいだに、別のテーブル席から物々しい肉体を持つ屈強なパラディンが現れ、両手を広げて女の盾となった。さらには私の後ろから、なにやら猛烈な勇気だけを感じさせる勇者が勇気あふれる剣さばきで斬りつけてきて、私は絶命した。

 それからどれくらいの時が経ったのであろうか。教会で目覚めた私の所持金は、どういうわけか半減していた。もしかするとあの店は、いわゆる「ぼったくりバー」というやつだったのであろうか。

 教会を出ると、思いがけぬ太陽の眩しさに目を細めた私は、楽しそうにはしゃぐ四人組のパーティーとすれ違った。それは勇者、パラディン、僧侶、魔法使いの四人組であった。そうかパーティーというのは、このようにして組めば良いのかと私は思った。


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