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ディスクレビュー『THE ENDGAME』/TREAT

どんなに方向性の近い作品にも明確な違いがあり、どんなに安定したアーティストにも少なからず質的な波はある。全曲が名曲なんてことはあり得ないし、全作品が名盤であるアーティストもまずいない。だがそんなことをあえて書いてみたくなるのは、このTREATというバンドが再結成以降、驚くべき楽曲のクオリティと安定感を維持しているからだ。

だがその高次元なレベルにおいても、作品ごと当然いくらかの方向性の違いはあり、また出来不出来の波も少なからずあるものだ。その細かな違いを味わえるのは、リスナーとして非常に贅沢なことなのではないのかと思う。

なので単純に「最新作が最高傑作」と雑に持ち上げるだけのアバウトなレビューを書くつもりはない。そういった「最新作補正」に囚われたレビューが、世の中にはあまりにも蔓延している。しかし一方でまた、これが良質な作品であることに間違いはない。特にメロディを重要視する向きにとっては、おそらく年間ベスト10に入ってくるレベルにあるだろう。

個人的に、再結成後の彼らのバイオリズムは、一作ごとに傑作と佳作を繰り返しているように感じていた。『COUP DE GRACE』(名作)~『GHOST OF GRACELAND』(佳作)~『TUNGUSKA』(名作)という風に。となるとその次に来る本作は佳作ということになるのだが、そう簡単に言い切るわけにもいかない。

同じ名作でも、『COUP DE GRACE』と『TUNGUSKA』はタイプの異なる名作であった。前者はパンチのあるいくつかの楽曲が柱となって全体を支える、個が際立った傑作であり、後者は飛び抜けた楽曲はないが、全体が統一した「面」として胸に迫ってくる総体的傑作であった。ゆえに『COUP DE GRACE』は一聴してその素晴らしさが伝わってきたが、『TUNGUSKA』は当初の印象はそうでもなく、聴き込むほどにその魅力が増してくるタイプの作品だった。

では翻って本作『THE ENDGAME』はどうか。とりあえず直近の前作『TUNGUSKA』と比較してみよう。

まず肝心のメロディに関しては、前作に比べるとややポップで甘く、いくらかとっつきやすくなっている。だがこれは、聴き込んでいくにつれてやや飽きが来やすいというリスクも孕んでいる。しかしいずれにしろ、上質であることは間違いない。

むしろより違いが明確なのは、主旋律というよりはアレンジにまつわる領域のほうかもしれない。それはより感覚的な表現が許されるならば、全体の雰囲気と言い換えてもいい。前作の全体に漂っていた荘厳さと重厚さが今作にはあまり感じられないことに、若干の物足りなさを感じる。

言うなれば前作とは全体の基調となるトーンが違う。それは前作に比べてヘヴィなキター・リフが少ないせいもあるが、歌メロ自体がやや明るくなっているという違いもあるだろう。それでも充分に切なくはあるし、それは元来彼らが持っているポップさであるのだが、いま考えてみると、むしろ前作が彼らにしては例外的に、かなり暗めの色調で統一されたアルバムであったということになるのかもしれない。

個人的にはアレンジよりも主旋律の質を重視する聴き手だと自覚しているので、まさか自分がそこまでアレンジを重要視しているとは思わなかった。しかし名盤レベルの作品は、時として聴き手の価値観をも転倒させる。そして新たな扉を開かせる。

アルバム全体のトーンを決めるうえで、1曲目というのはやはり重要な役割を果たすが、本作の冒頭を飾る①「Freudian Slip」のラストに放たれる「Uah」というゲップのような咆吼を聴いて、僕はちょっと嫌な予感がした。もちろん彼らもハード・ロック・バンドではあるのだが、そういうかつてのLAメタル的なノリは、彼らの楽曲が持つ繊細な魅力を損ねてしまっているように思う。

そういう点も含めて、今作は作り込まれた前作よりも、よりライヴ感のある仕上がりをはなから目指していたようにも見受けられる。そのわりにはバックの楽器陣の演奏がやや地味で、ヴォーカルが少し浮いているように感じられるのが気がかりではあるのだが。

結果として、メロディの雄大さ、奥行き、全体のスケール感に関しては、前作に軍配を上げる。ある種、前作のほうがヘヴィ・メタル的であると言えるかもしれない。

だがそれでも個々の楽曲に宿るメロディは素晴らしく、記憶に残る美旋律は多い。前作の深味にどっぷり嵌まったがゆえに、今回はとても贅沢なことを書き連ねるレビューとなったが、本作もまたメロディ派必聴の作品であることは間違いない。このレベルまで来ると、正直好みの問題になってくるわけで、ここまで細かく作品ごとの違いを愉しませてくれることに、むしろ感謝すべきなのかもしれない。

いずれにしろ今作を気に入った人がこのレビューを読んで、「あれ、前作ってそんなに良かったっけ?」と思い直して聴き返し、前作『TUNGUSKA』の魅力を改めて再発見してくれるといいな――という副次的な狙いというのも、あったりなかったりあったりなかったり(どっちや)。

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ジ・エンドゲーム

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