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短篇小説「違いがわかる男」

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 判田別彦は違いがわかる男だ。彼に違いがわからないものはない。いや、わからない違いはないと言うべきか。もちろん「レタス」と「キャベツ」の違いだってわかる。

 いい感じなほうが「レタス」で、そうでもないほうが「キャベツ」だ。

 別彦にかかれば、「牛肉」と「豚肉」の違いだってお手のものだ。高いとか安いとか、美味いとか不味いとかの問題じゃない。

 既読スルーしそうなほうが「牛肉」で、しなさそうなほうが「豚肉」だ。これはとてもわかりやすい判別方法なので、ぜひ憶えておくといい。「牛肉」は返信をわざと遅らせてきたりもする。ちなみに「鶏肉」は電話派だ。

「ハイネック」と「タートルネック」の違いは、ちょっと難しい。しかし別彦の手にかかれば、どんな判別も不可能ではない。どちらかといえば、「ハイネック」よりも「タートルネック」のほうがテンションが高いことを彼は見抜く。実際の襟の高さではなく、あくまでもテンションつまり「ノリ」の話だ。襟だから糊、というわけでもない。

 つまり「ハイ」のつく「ハイネック」よりも、「ハイ」のつかない「タートルネック」のほうが実際にはテンションが「ハイ」であるという逆説が、ここにはたしかにあるというわけだ。

 では「座布団」と「クッション」の違いはどうだ? 「和」と「洋」の違い? おいおい、世の中そんな単純なもんじゃないぜ、と言って別彦はカラカラと笑う。

 答えは、犯罪に手を染めるとしたら「座布団」は誘拐で、「クッション」は銀行強盗だ。これは両者をよく見ていれば徐々にわかってくることだ。「座布団」は身代金をびた一文負けてはくれないが、「クッション」はあり金を積めて渡せばそれ以上は望まない。「座布団」と「クッション」、それぞれの中身が札束であると想像してみれば、これは簡単にわかることだ。

 驚くべきことに、別彦は「ズボン」と「ボトムス」の違いすらわかっている。

 寝る前に歯を磨いたあと、ふと腹が減りすぎていることに気づいたとき、お菓子を食べることもあるのが「ズボン」で、そのまま歯を食いしばって寝るのが「ボトムス」だ。言っておくがこれはお洒落とかダサいとかの問題ではなく、つまり生き様の問題だ。

 しかしこれが「CD」と「DVD」となれば、さすがに形状が似すぎていて、別彦以外に違いがわかる人間はいないだろう。だが別彦にかかれば答えは簡単。

 エロいほうが「DVD」だ。もしもエロい「CD」があったとしたら、それはもはや「DVD」であると言っていい。

 ことほど左様に別彦は違いがわかる男だ。「違いがわかる男」と「違いがわからない男」の違いは、自分を「違いがわかる男」だと本気で思い込んでいるかどうかだ。本当に、本当にそれだけだ。


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