泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

短篇小説「課金村」

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 この村ではなにもかもが無料である。一見そのように見える。本当にそうなのかもしれない。本当はそうなのかもしれない。ということは、そうじゃないのかもしれない。

 朝から公園を散歩していた私は、喉が渇いてきたので自販機でジュースを購入しようと考える。ここでつい「購入」などと言ってしまうのは、前時代的な貨幣経済に毒された旧人類たる私の悪い癖だ。

 ここではなにもかもが当たり前のように無料であり、自販機に並んだ十数個のボタンは、いずれも最初からここ押せワンワンとばかりにまばゆい光を放っている。そもそもコインの投入口など、どこにもありはしない。

 早くも疲れを感じていた私は、選び放題の中から栄養ドリンクのボタンを押す。ゴトンと派手な音が鳴り、取り出し口にビンが現れる。私はさっそく落ちてきたビンを救い出すが、だがまだ蓋を開けも口をつけもしない。

 何事にもはじまりがあれば終わりもある。となれば「無料」にも終わりがあるのは当然のことだろう。取り出した栄養ドリンクのビンに書いてある成分表記を見てみると、そこにはシンプルに「飲料水」とだけ書いてある。ここが無料の終わりである。

 だが成分表記の下には、まだまだ文字の羅列が続いている。むしろここからが本番だ、という勢いでもって。A《砂糖 50円》B《ビタミンC 20円》C《ビタミンB 32円》D《レモン果汁 35円》E《オリゴ糖 40円》F《はちみつ 30円》G《食塩 22円》H《酢 33円》I《トリカブト 2800円》J《鰹 42円》K《カフェイン 18円》L《香料 25円》M《ナイアシン 47円》N《空きビン処分費 380円》――。

 私はその一覧をぼんやりと眺めてから、自販機のボタン脇にある味変口へとその瓶を投入する。すると真ん中の液晶画面上に、AからNまでの記号がただちに浮かび上がってくる。

 それらはビンの裏に書かれていた成分を示しているが、表示されているのは記号だけであるため、どの記号がどの成分を示していたのかをここで思い出す必要がある。すでにビンは投入してしまっており、今さら記号と成分を照らし合わせることは叶わない。

 私は脳内で求める味のイメージを構築しつつ、先ほど見たおぼろげな記憶だけを頼りに、液晶画面上の記号をタッチしてゆく。ひとつ記号をタッチするたびに、「ここからは課金コンテンツとなりますが、よろしいですか?」という確認画面が立ちあらわれ、逐一指紋認証が行われる。

 Cの記号がビタミンBを示し、逆にBの記号がビタミンCにつけられているのは紛らわしいので改善を望みたいところだが、いずれにしろ疲れた体には必要なのでどちらも押すことになる。

 Nの《空きビン処分費 380円》に関しては、この村の住人ならば全員押しておかないと後悔することになる。この村ではゴミ箱にゴミを捨てること自体はもちろん無料だが、持っていかれた後30分以内に処分費を適切に課金しなければ、翌朝そのゴミはご丁寧にも投棄者の自宅玄関先へと返却される仕組みになっているからだ。これは家庭ゴミとして処分した場合も例外ではない。

 私は薄れゆく成分表記の記憶を辿りつつ、後半はなんとなくいくつかの記号を適当にタッチして課金完了ボタンを押す。成分表記は飲料によってそれぞれ異なるため、私のようにその日の気分で飲み物を選ぶ人間はいっこうに憶えることができないし、そもそも憶える気もない。支払いは指紋認証による銀行自動引き落としとなっているため、煩わしい手間は一切ない。
 
 そして再び取り出し口に産み落とされたビンを回収し、ようやく私は望んだ飲み物にありつけるというわけだ。最後の課金完了画面に表示されていた合計金額が、普段よりひと桁多かったような気がしないでもないが、喉が渇ききっていた私はそれをひと息に飲み干した。

 私の指示通りに調合されたその栄養ドリンクが美味しかったかどうかはわからない。生まれ変わったら私は無料を謳わない世界へいきたい。


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