泣きながら一気に書きました

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短篇小説「正論マン」

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 正論ばかり言う正論マンがセイロンティーを飲んでいる。これは駄洒落だが駄洒落こそが正論なのではと正論マンは最近思う。

 たとえ言葉の響きだけであっても、一致している部分があるというのは間違いなく正しい。もしも正論マンがダージリンティーを飲んでいたら、「なぜセイロンティーじゃないんだ?」と言われてしまうことだろう。それは正論マンがセイロンティーを飲むのが正論だと皆が感じているからにほかならない。

 正論マンは町のネジ工場に務めている。ある朝出社すると正論マンは部長に呼び出され、「いま開発中の新型ネジの進行状況はどうなってる?」と訊かれた。

「僕はネジじゃないので、わかりません。ネジのことを知りたかったら、ネジに訊いてください」

 と正論マンは答えた。

 その言い様に部長はすっかり呆れてしまったが、正論マンの正論に呆れることにもすでに慣れっこになっていた。

「ネジだって、勝手にできあがるわけじゃあないだろう」

 部長は正論に正論で返した。正論打破の正攻法である。

「だとしたら、自分でできないネジが悪いのです。僕の責任じゃありません」

 正論マンの正論には、いつだって続きがあった。

「じゃあ君は、自力で生まれてきたとでも言うのかね?」

 部長は正攻法を諦め、「揚げ足を取る」という奇策というほどでもない奇策に出た。

「僕は母親から生まれてきました」

 奇策にはあえてくそ真面目に答えたほうがチャンスが広がると、正論マンは知っていた。

「じゃあネジの母親は誰ということになるのかな?」

 正論マンの真正面からの回答につられてついそう質問してしまった部長は、いったい自分がなんの話をしているのかわからなくなってきていた。自ら放った奇策により、話の方向性を見失ってしまったらしい。

「ネジを作る工作機械です。僕の体からネジが出てくるわけではないので」

 なんだかわからないがこの正論マンの言葉によって、たしかに話が着地した感があった。こうなるともうどうしようもない。

「まあいい、しっかりやってくれ」

 話を打ち切るのは、いつも会話が面倒くさくなった部長のほうだった。いや、いつだって打ち切らざるを得ない状況へと、確実に追い込まれてしまうのだった。「正論」とは単に粘り強さのことを言うのかもしれない。

 工場が昼休みに入ると、工員たちは車座になって弁当を食べる。もちろん正論マンも、その輪の中にいた。

 ただしほかのみんなは奥さんの手作り弁当かコンビニ弁当を食べていたが、正論マンはいつもサンドウィッチを食べる。飲み物はもちろん、魔法瓶に入ったセイロンティーである。 

「お前さ、なんでいつもサンドウィッチ食ってんの? ひょっとして帰国子女?」

 ある日先輩工員のひとりが、皆がずっと気になっていたことを正論マンに訊いた。

「だって、挟まれているほうがいいじゃないですか。物事は挟まれることによって安定するものですから」

 正論マンは特に戸惑うこともなく、当然のように答えた。

「あ、味とかじゃないんだ。じゃあ、おにぎりはどうなの?」

 先輩はあえて横に代案を提示することで、正論のど真ん中を薄める作戦に出た。これも奇策というほどでもない奇策のひとつと言っていい。

「あれは挟まれているんじゃなくて、埋め込まれてるんで駄目です。呼吸ができないので」

 正論マンは擬人化という手法を使うことで、正論に感情を込めた。正論に血が通った瞬間である。

「なんで〈具〉目線なの? 食べるほうからしたら、そこらへん関係なくない?」

 先輩は議論の中身よりも表層的な角度のほうへすっかり目をそらされた結果、そんなどうしようもない質問をしてしまっていた。感情の揺さぶりにより論の真ん中を薄められてしまったのは、むしろ先輩のほうであった。

「それを言ったら、胃の中に入ってしまえば全部同じことですよ」

 最後に正論マンからど真ん中の正論が出たところで、この会話は終了した。

 そして「挟まれる」という話の流れから、工員のひとりが倉庫から盤を持ち出してきて、残りの昼休み時間でオセロをやろうという流れになった。正論マンはどうにも挟まれたい習性があるためか、オセロはすこぶる弱かった。

「まあ、負けるが勝ちって言いますから」

 正論マン、転んでもただでは起きない男である。


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