泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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悪戯短篇小説「あくまで死にたい小田島」

誰にも似てない田之倉が、高校時代からの友人である気持ちで負けない岡島との待ち合わせ場所であるいつもの喫茶店に到着すると、気持ちで負けない岡島の横に仏頂面の見知らぬ男が座っていた。

気持ちで負けない岡島は、注文を取りに来た店員にお冷やを豪快にこぼされながらも、持ち前の強い気持ちで、その男を職場の同僚のめったに笑わない小林だと誰にも似てない田之倉に紹介した。それからようやく気持ちで負けない岡島が、お冷やで一張羅のズボンを台なしにしてくれた店員にタラタラと文句を並べはじめた。店員は気持ちで負けない岡島のクレームを風のように聞き流し、無言のまま水浸しのテーブルにためらいなく耐水性皆無の紙メニューを置いて立ち去った。店員の胸元には、弱味を見せない松岡と書かれたネームプレートが装着されていた。

去りゆく弱味を見せない松岡の背に、気持ちで負けない岡島が「オイ!」と呼びかけると、店の奥から店長兼シェフのまともに寝てない島村が「すいません! 本当にすいません!」としきりに謝りながら慌てた様子で飛び出してきた。慌てている証拠に、まともに寝てない島村はその手に包丁を握っていた。他の客の注文であるウェイターの気まぐれサラダを調理中だったのである。この店で気まぐれが許されているのは、なぜかシェフではなくウェイターなのであった。寝不足の人間は時に重要な判断を間違えがちなものだが、まともに寝てない島村はもちろんこの日も寝不足だった。

包丁を持った店長が三人客の待つテーブルへ早足で近づいてゆくところに、カランコロンカランと音を鳴らして常連客の死ぬまで生きたい小田島が入店してきた。死ぬまで生きたい小田島は、この日もやはり「できれば死ぬまで生きたいなぁ」と終始考えていた。

「でも死ぬまで生きるってことは、いつ死んでも死ぬまで生きたってことにはなるわけだから、別に今すぐ死んでも死ぬまで生きるっていう目標は達成できたことになるのかな?」

死ぬまで生きたい小田島は突如そう思い至り、ならば今すぐに目標を達成してやろうと思った。すると死ぬまで生きたい小田島は、迷うことなく店長の握っている包丁の切っ先へとその身を投げ出した。特に正義感からでも、見知らぬ三人の客を助けたかったからでもない。単に自分の目的を達するためだけに、死ぬまで生きたい小田島は自ら死地へと飛び込んだのであった。そして目的は見事に果たされた。

真昼の惨劇であった。その横のテーブルでは、なんでも食べちゃう小柳がスポーツ新聞を読みながら爪楊枝を食べていた。すでにこの日八本目のごちそうであった。

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