泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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本を食べる哀しき巨人〜2012年ベストセラーランキングを誤読する〜

ベストセラーのタイトルは欲望を映し出す鏡である。

トーハンが12月3日、2012年の年間ベストセラーを発表した。まだあとひと月は2012年のはずだが、12月の分は来年分に繰り越されるらしい。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 』あたりからの新書ブーム以降、タイトルが異様に雄弁(結果、羊頭狗肉)な本が幅を利かしている。そして実際に実用的かどうかは別にして、見るからに実用的なタイトルを掲げた本がズラリと並ぶ。

【2012年ベストセラー、1位は「聞く力」−上半期18位からランクアップ】(市ヶ谷経済新聞)
http://ichigaya.keizai.biz/headline/1519/

上位の題名を眺めていると、そこからは現代社会の煩悩が灰汁のように浮かび上がってくる。人は「自分の欲しい情報を本に求めている」と考えると、売れている本のタイトルは読者の「願望」や「欲望」を如実に言い表しているはずで、だとするとそのタイトルに使われている言葉こそが逆に、現代人に足りないものを言い当てていることになる。ダイエット本は太っている人が買うのだ。

たとえば、そんな理屈を盲信して上位20冊の書名から一人の人物像を作ってみたらどうなるだろうか? そこには、典型的な現代日本人の姿があるのではないか? ためしにやってみるとこうなる。

《現代人は、人の話を聞く力がなく、置かれた場所で咲くことができないから会社をすぐに辞めたがるが、かといって一人で世の中を変えるほど革命的というわけでもない。自社の社員食堂に不満を抱きつつ、本当は舟を編む仕事をしたいと考えているが、どの会社に入れば舟を編めるのかがわからず、咲くことができない。病院に通っているが医者が信用ならず、このままだと早死にしてしまいそうな気がうっすらしているが、それどころではなく家の中がぐちゃぐちゃに散らかっているので、片づけてからでないと死ぬに死ねない。しかし死ねないといっても不滅にはなれないので、せめてダイエットと健康を心がけて長生きしたいと企んでいるが、本格的な運動はまったくやる気がないため、30代なのに50代に間違えられる。そもそも日本語が話せないから、采配を振るうような立場になっても何も伝えられず背ばかり伸びて、食後にゾロリと並んだ問題も何ひとつ解決することができない。日本語が喋れないので言語に頼らない伝達方法を身につけたいのだが、相手の心を読むなんて芸当などできるはずもなく、スポーツ選手を目指すしかない。しかし背の高さを生かしてバスケを始めるも、太りすぎてるわ死にそうな気がしてるわチームメイトと言葉が通じないわで何もできず友達もできず、寂しくてこびとを探し始めるも背が高すぎて見つけることができない。》

人の話を聞かず、組織に馴染まず、言葉も話せず、ただ太って背が高いだけのでくの坊。とんでもない怪物である。本を読みたくて買うのだが、言葉がわからなくて読めないから食べるしかない。哀しき巨人である。

こうなると、「舟を編みたい」というわけのわからない願望だけが妙にポジティブで頼もしく見えてくる。欲望に直結した本ばかりでなく、想像力を喚起する遠回りなフィクションの力こそが、いま必要なのではないか。あえてデータを意図的に誤用し書名を表層的に誤読した上で、そんなことを言ってみたくなった。

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