泣きながら一気に書きました

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フェイスブックに跋扈する理由なき「いいね!」の怪

フェイスブック上に、「ちょうちんいいね!」がすっかり横行している。といっても「ちょうちんマニア」のことではない(意外と多いらしいが)。ここで言う「ちょうちん」とは、「ちょうちん記事」という場合のちょうちん、つまり発信者に対し過剰におもねった太鼓持ち的スタンスを指す。ちなみにツイッター上でも、「ちょうちんリツイート」という迷惑行為が頻繁に目撃されている。

さらには、「ちょうちん記事」のような内容に対して「ちょうちんいいね!」が押されるといった「ちょうちんWin-Win」の関係が成立していることもあって、そうなると持ち上げた太鼓は際限なく上昇してゆく。盆踊りの櫓のような状態である。それを見ている他の人たちは、はるか下界でもうヤケになって踊るしかない。

野村総研の調査によれば、そこらへんの「いいね!」事情は、実のところこんなことになっているらしい。

フェイスブックの「いいね!」 7割は「建前」で押す】
http://www.j-cast.com/2012/11/13153684.html

つまり本音の「いいね!」は3割(正確には27%)しかないということだ。しかもその「建前」計73%の内訳を見てみると、「書き込みを見たとの意味合いで押す」が30%、「相手が『いいね!』を押してくれたことへの『お返し』」が19%、「相手が上司などの場合に『仕方なく』」が10%で、ほとんどの人が「いいね!」という言葉の意味を正しく解釈していないことがわかる。「書き込みを見たとの意味合いで押す」は「見たよ!」、「『いいね!』を押してくれたことへの『お返し』」は「ありがとう!」、「相手が上司などの場合に『仕方なく』」は「仕方ないいね!」が適切な言葉だろう。拡大解釈にもほどがある。

だがそれ以上に、「建前」で押すという73%のうち、「理由なし」がなぜか14%もいるのが驚きだ。人は何の理由もなく、完全な無表情で「いいね!」ボタンを押せるのである。これは恐怖以外の何ものでもない。人間不信に陥るのに充分な数字が叩き出されている。

つまり人類のうち14%は、『笑っていいとも!』の観客なのである。タモリの「今日は天気いいねえ」に対し、「そうですね!」と揃いの大声で返せるあの人たちなのだ。しかも相手がタモリという「特別な人」ならばテンションがそうさせるのもまだ納得できるが、この「無表情いいね!」を送る相手は、普段から交流のある友人・知人なのだから事態は深刻だ。

友達が出張先で撮ったなんの変哲もない風景写真や、友達が友達の友達(つまりこちらにとっては知らない誰か! 無名人と無名人!)と肩組んで撮った写真、「よく頑張った! 感動した!」という小泉劇場型フレーズしか言えないような自作料理写真を、能面のような無表情で眺めながら「いいね!」ボタンをクリックしている人が少なからずいるのだ。

これまでは、そんなどうでもいい写真をアップする方が悪いと思っていたし、今も十二分にそう思っているが、一方で彼らはむしろ被害者なのかもしれない。冷酷無比な「ちょうちんいいね!」に乗せられて、ホクホク顔で写真をアップしている。こんなに悲しいことはない。持ち上げられている人間は、つまり泳がされているのだ。

そもそも人間というのはリアクションに対し過敏なもので、適当なところで褒められると、「これでいいんだ」と思い向上心を失う。そうなれば工夫も改善もしなくなるから、その発信者は、延々とその先もつまらぬ写真や言葉を友人・知人の面前に垂れ流し続けることになる。相手のつまらなさに対し公然と「許可」を与えることで、相手の弱点を伸ばして差しあげる。「いいね!」ボタンには、そういう恐ろしい「裏の効果」もあるということだ。

フェイスブックには、そんな「裏いいね!」「黒いいね!」の使用方が、すでに蔓延していると思ったほうがいいのかもしれない。いっそのこと、「いいね!」ボタンを白黒2種類設置すればいい。そうなったら14%の人間は、ためらいなく無表情に白のほうを押すだろう。

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