泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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電動箱戦国時代

エレベーターというのは、実はとっても特殊な乗り物である。副詞「とっても」は、広末涼子を意識して使ってみた。マジでなんの5秒前でもない。

デパートで下りのエレベーターに乗ると、二人の先客がいた。一人はお婆さんと呼ぶと微妙に怒られそうな中年女性、いま一人はおっさんの呼び声高い中年男性。二人は距離感からして知り合いではない。エレベーターギャルはいない。

電動箱の中では何よりも位置関係が重要である。なぜならば、それによって運転手が自動的に決まってくるからだ。

そう、運転手の役割は位置関係のみで決まる。それがエレベーター。そんな乗り物は、考えてみれば他にはないかもしれない。

たとえば自動車であれば運転する役割の人が運転席に座る。たまたま運転席に座った人が運転するわけではない。電車や飛行機では、そもそも運転席に運転手でない人は入れもしない。つまり役割が位置を決めるのであって位置が役割を決めることはあり得ない。それはどんな仕事であってもそうで、社長の椅子にいち早く座った人が社長業を任されるなんてことはない。それでは椅子取りゲームであり尻のデカい奴が強い。

だがエレベーターだけは違う。かといって椅子取りゲームというわけでもない。積極的にエレベーターを運転したいと思うのは、まあボタンならばなんでも押したい年頃の子供くらいだろう。彼らは千昌夫のホクロさえ押す。相手が桑田真澄となるともう仕事量が大変なことになる。エレベーターの話に戻る。どんなに消極的な姿勢であれ、誰かは必ず運転しなければいけない。誰も操作しなければ、人が挟まったりきりきり舞いしたりする。もちろん、語尾上げ放題な専属運転嬢がいない場合の話。

つまり運転手は位置関係で決まる。中年女性は、エレベーター出口を向いて右手にある操作盤からやや離れてはいるが、操作盤の前と言っていい位置にいた。いっぽう中年男性は左の操作盤の前にいて、その立ち位置はほぼ女性と横並び、つまり同じライン上に立っている。さすが百貨店の電動箱は、両サイドに操作盤が設置された高級タイプである。

二人の背後には、それぞれの前方よりもはるかに大きなスペースが広がっている。あとから乗り込んだ僕は、その奥のスペースへと進むのが自然な状況だ。逆に二人の前に割り込むとなると、おじんおばんどちらにせよやや後方へふんむと押しのける形になる。

エレベーターに乗り込んだ僕は、当然後方の広いスペースに立つことにした。他に乗り込んできた乗客はいない。しかしエレベーターの扉がいっこうに閉まらない。誰も閉まるボタンを押さないからである。

もちろん、放っておけばドアはいずれ閉まるようにできてはいる。しかし通常は時間短縮のため、乗降客がいなくなれば操作盤に近い人間が閉めるボタンを押すものだ。ましてデパートのエレベーターは、安全マージンを大きく取っているためなかなか閉まらぬようにできている。だがもしかすると、自分が異様にせっかちなだけなのだろうか。そんな反省をおっ始めるほどの時間が経過した。

前方の二名は依然として定位置をキープして微動だにしない。僕はしびれを切らし、左操作盤前にいる中年男性の前方に割り込むようにして閉まるボタンを押した。だがそれは閉めるボタンを押すためだけではなく、あらゆる操作を可能にするためだった。

当然だがたとえば誰かが急に乗り込んできた場合には、開けるボタンを押さなければならない。自動的に閉まるのを待っている前の二人は、自動的にドアが閉まる過程で誰かが乗り込んできた場合、自動的に何とかなると思っているのだろう。たしかにドアは何かにぶつかれば反応して開くようにできているが、挟まれかけた人が気分を害するのは間違いない。あるいは二人して「挟まれろ! 誰も乗ってくんな!」と思っていたのかもしれない。

とりあえず人を挟むことなく閉じたエレベーターは何事もなく下降し、1Fに到着した。気分的には不時着だが状況的には普通に無事着である。僕が乗り込んだ時点で1Fのボタンしか押されてなかったので、三人とも1Fで降りることはわかっている。運転手である僕は、通常であれば開けるボタンを押したまま、全員が降りるのを待って最後に降りるという紳士的行為を完全に自覚した上で行うが、考えてみれば先客の二人とも「操作盤をいっこうに操作しなかった=ドアが自動的に閉まるのを気長に待ち続けた」人種であることを思い出し、ならばどうせノロノロと降りるのだろうと思い、さらにはどうせ三人だけならば最後尾の人が挟まれることもないであろうと考え、先に降りることにした。

しかし驚くべきことに、真っ先にフィニッシュを決めたのは僕の真後ろに佇んでいた中年男性であった。操作盤の前から横に一歩踏み出し降りようとした僕の右肩を、風のように擦りながら猛スピードで過ぎ去っていったおっさん。ならばお前は、なぜあのとき閉まるボタンを真っ先に押さなかったのだ? あんな時間短縮のチャンスを悠々と逃しておきながら、なぜ猛然とエレベーターから脱出する必要があるのだ? あんたは悠長なのかせっかちなのか、キャラクターに統一性がなさすぎる。あるいはあなた様は名将・武田信玄の生まれ変わりで、風林火山の旗印のもと、時に動かざること山の如く、時に疾きこと風の如しなのか?

まあ信玄に逢えたと思うと悪い気はしない。急激に赦しの心が生まれてきて信玄餅が食いたい。

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