泣きながら一気に書きました

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無限増殖温水

昨日、渋谷で温水をたくさん見かけた。

温水は冬に多い。温水は夏、目立たない。つまり温水は冬に増殖するわけではない。いや、本当は増えているのかもしれない。よく見かけるのと増えているのは、こっちにしてみりゃ同義語だ。すなわち温水は、冬、多い。

温水は黒い革ジャンを着ている。温水にはきっと、ロックへの憧れがある。黒い革ジャンを着るから、頭部の薄さが際立つ。だから温水は温水として認識されるのだ。

温水が夏少ない(目立たない)のは、革ジャンを着ていないからかもしれない。たとえ黒いTシャツを着ても、露出した腕の肌色がネックになる。頭部の肌色よりも腕の肌色の面積が多ければ、温水は発見されづらい。こちらとて、常日頃から温水発見を第一目的に街を歩いているわけではないのだ。蟻の巣を見つける才能のある子供ならば、温水をより多く発見できるだろう。夏休みの自由研究にするがいい。

冬に多く見かけるからといって、「寒いから温水が恋しくなる」というような文字通りな気持ちは、まったく沸き起こらない。温水を見たとき、むしろ寒さは増す。そういう意味で、温水は明らかに名前負けしている。しかし温水は名字だから、親を責めるわけにはいかない。いわんや本人をや。

しかし温水を見かけると、人は平穏な気持ちになる。だが視界に二人以上の温水を捉えると、途端に気持ちは揺れる。空間が歪む。

温水と温水は、相いれないようだ。温水たちの共存関係には、トラブルが絶えない。トラブルが絶えないとはつまり、ドラマティックであるということだ。ドラマ化に向いている。きっと泣ける話になる。『温水七人冬物語』。温水を取りあう温水と温水。地獄絵図。

温泉に行きたくなった。

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