泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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短篇小説「絵馬神」

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 絵馬専門の神を「絵馬神」という。絵馬というのはもちろん、願い事を書いて吊るす五角形のアレである。近ごろは神様の仕事も分業化が進んでおり、絵馬神は絵馬に書かれた願いごとを叶えること以外やってはいけないことになっている。いわゆる働き方改革というやつであり、おかげで残業が減ってプライベートが充実した。

 とはいえ、人間というのは書けばなんでも叶うと思っているようで、神社には大量の絵馬が毎日のように追加されてゆくから、絵馬神は絵馬しか見ていないとはいえ全然暇ではない。

 ただでさえ時間のない絵馬神、本来ならば、すべての願いを比較検討したうえで、叶えるべき優先順位をつけてから実力を行使してゆくべきところだが、そもそも全部の絵馬を読むというのが面倒くさくて仕方ない。それに全部読んだと思ったら、どうせ気づけばまた何十枚何百枚と追加されているのだから、そもそもすべての絵馬を読むということ自体が、皮肉にも叶わぬ夢であるように絵馬神には思えるのだった。

 なので絵馬神はみな手当たり次第に、目についた願いを片っ端から叶えてゆくことにしている。そうなると、やはり多いのは合格系の願いごとであり、《大学受験に受かりますように!》などというのは定番中の定番である。

 そんなことは絵馬神にとってはお安いご用だ。絵馬に書いてある志望大学名と氏名を確認し、片っ端から合格させてゆくだけの、簡単な作業である。

 だがここでひとつ、大きな問題が待ち構えている。合格させるのは絵馬神にとって至極簡単なことではあるのだが、その後どうなるかについては、絵馬神の業務の範疇ではないのである。

 大学受験には当然、定員というものが存在する。しかし絵馬神にとってそんなちっぽけなことは、知ったこっちゃないのである。ゆえに各地の絵馬神は、自らの持ち場である神社の絵馬に書かれた願いごとの数だけ、合格手形を濫発する。なぜならばそれが、それだけが、絵馬神の仕事だからである。

 大学側は、絵馬神の出した合格手形を断ることはできないことになっている(なにしろ神の言いつけなのだから当たり前だ)から、絵馬にその大学名を書いたものを優先的に合格させ、残りの枠を試験による点数で競わせることになる。

 つまり大学に合格するためにもっとも必要なのは、試験の点数ではないということだ。それはあくまでも、絵馬に志望大学名を具体的に書かなかった者たちの間にのみ存在する争いであって、絵馬さえしっかり書いておけば点数など合否にまったく関係がない。

 それでもあなたが絵馬を書きたくないというのであれば、必死に勉強をするしかないが、客観的に考えてみれば、ササッと絵馬を書くほうが圧倒的に楽なのは明白であろう。

 その際に気をつけなければならないのは、絵馬にはできるだけ直截的な表現を用いるということである。たとえば、《成績が上がりますように!》や《偏差値が70になりますように!!》といった願いごとは論外である。それはあくまでも志望大学へ合格するための間接的な要素であって、《〇〇大学に合格しますように!》という絵馬には絶対に勝てない。

 なぜならば、絵馬神は絵馬に書かれたことをそのまま叶えることしか業務上できないのであり、先にも述べたように、《〇〇大学に合格しますように!》という絵馬がひとつの大学に集中した場合、どんなに成績が良くても、そう直接書いていない生徒は落とされてしまうからである。それでは元も子もない。

 ではある大学に人気が集中するあまり、定員を超える数の学生が、絵馬に同じ大学名を書いた場合は一体どうなるのか? それは簡単な話で、大学側は定員を超える合格者を出さなければならない。

 もちろん公式にそれを発表することはないが、皆さんもいざ大学の入学式に行ってみたら、思ったより入学者の数が多く感じられて、せっかく苦労して受かったのに、自分の稀少価値が薄れたような残念な気持ちになったことがあるのではないだろうか。それはつまり、絵馬神の仕業なのである。
 
 しかしそんなことを許していたら、きちんと勉強をしてきた学生が正しく評価されず、大学のレベルが低下してしまうのでは、という危惧をお持ちの方もいるだろう。それはその通りなのであるが、勉強というものはその程度のものでしかないのだ、という意見もまた一方ではある。

 そして近ごろでは、このような絵馬神の力が口コミでじわじわと広まっているためか、絵馬神業界もちょっと困った事態に陥っていることを認めざるを得ない。《絵馬神になりたい!》と書かれた絵馬の数が、ここへ来て異様に増加しているのである。

 ご存知のように絵馬神は絵馬に書かれたことをなんでも叶えてしまうから、そう書いた者は必ず絵馬神に採用されることになる。結果、以前に比べると飛躍的に絵馬神が増えすぎてしまい、絵馬神全体のレベルが著しく低下しているのである。そう、私のような絵馬神が。


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映画評『パラサイト 半地下の家族』

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この作品、とにかくTwitterで僕の信頼している映画好きの人たちが絶賛していて、居ても立ってもいられず観に行ってしまった。そういう場合、鑑賞前に期待のハードルが上がりきって越えられないことが少なくないが、本作に関しては見事に越えてきた。

〈半地下で貧乏生活を営んでいた家族が、ひょんなことから金持ち一家にまるごと寄生する〉ストーリーの軸は大まかに言えばそれだけの話なのだが、このシンプルな軸が全体の構図をわかりやすく、開かれたエンターテインメントとして確立させている。

全体的にニッチで文字通りアンダーグラウンドな雰囲気を纏っているにもかかわらず、カンヌを獲っただけでなくアカデミー賞にもノミネートされているという事実は、この格差社会を「地上 vs 地下」という構図に落とし込んだミニマムな構成によるところが大きいだろう。

結果、マイナーな観客に深く刺さることも、メジャーな観客に広く楽しまれることも可能な全方位型の作品に仕上がっている。この両立がすこぶる難しいことは言うまでもない。

物語は基本的に「地上=富裕層」「地下=貧困層」という対立構造で進んでゆく――のは間違いないのだが、しかしこの本来次元の異なる両者が、実のところ地下という一種現実離れした場所を通じてつながっているというのは、見落とされがちな点であるかもしれない。

地下というのはたしかに、貧しい者たちの生活空間ではあるが、一方で「地下室のある家」と考えてみると、これは金持ちの家を連想させる。前者には下水の臭いが漂うが、後者には豪邸の地下に設けられたシアタールームの高級感が漂う。

ましてや韓国の富裕層は、北からの脅威に備えて核シェルターとしての機能を備えた地下室を持つ文化があるという。つまり貧困層にとって地下は不安の象徴であるが、金持ちにとってそれは安全の象徴にもなり得るということだ。

さらに言えば、貧困層と最もつながりを持つのも富裕層である。本作にもあるように、運転手や家政婦など、金持ちは身のまわりに人を直接雇用するからだ。

富裕層の周辺には多くの雇用←→被雇用の関係が生まれ、それは会社を通してではなく、多くの場合個人的に契約を結ぶ。両者はまったく別の人種に見えながら、実は密接な関係を持っているのである。逆に中流階級の人間には他人を雇う余裕などないから、つきあう相手もみな中流同士であって、貧困層との接触機会はむしろ少ないだろう。

この作品を観ていると、前半は格差社会を笑い飛ばすコメディとして純粋に笑えていたものが、終盤に向かうにつれシリアスかつグロテスクに胸へ突き刺さってくるようになる。

それは当初正反対に見えていた富裕層と貧困層という二種類の人間から、同じく地下という場所を必要とする共通点を持ち、また雇用関係により互いの臭いを感じるまでに接近した結果として、同種のグロテスクな人間性が立ちのぼってくるからなのかもしれない。

短篇小説「理由あり不動産」

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 更新を二ヶ月後に控え、目下賃貸物件を探して商店街を練り歩く憑彦が不動産屋の前を通りかかったのは、まさに運命というほかないだろう。その程度のお安い運命ならばどこにでも転がっている。

 路上に設置された立て看板には、〈リーズンホワイ〉という店名が縦書きで記してある。その文字を修飾すべく脇に「理由あり不動産」と銘打ってあるのが気になるところだ。しかしその右列にはさらに「説明詳細、懇切丁寧。理由がわかれば怖くない!」とフォローのキャプションが小さな文字で一行つけ足されている。

 たしかに人は何よりもわからないものを恐れる。ひょっとしたらいい人かもしれない宇宙人を人間が異様に恐れるのは、その正体がただただ不明であるからだという説を憑彦は何度か聴いたことがあった。そう考えるとなんだか目の前に現れた三行が突然腑に落ちた憑彦は、すっかり自分にはこの不動産屋に足を踏み入れるたしかな理由があるように感じられ、気づけば〈リーズンホワイ〉に足を踏み入れる気持ちが出来あがっていた。

 自動ドアを開けて店内へ入ると、中年店主らしき男の「どうぞ」という掛け声とともに、狭い店内に一席しかない来客用のオフィスチェアが目の前に現れた。こうなると、憑彦には自動的にそこへ座る以外の選択肢はない。デスクを挟んで向かいに座る穏やかな店主の姿に憑彦が少なからずガッカリしたのは、憑彦がこの店だけでなくそこを取り仕切る店主にさえも、なんらかの「理由あり」感を無意識に求めていたからなのかもしれなかった。

 憑彦はこの段階ですでに、抗いがたい「理由」というものに取り憑かれてしまっていたのかもしれなかった。店主に「理由あり物件をお探しですか?」と問われた憑彦は、もちろんそんなはずはないのに考えもなく「はい」と即答していた。

「当店では理由あり物件しかお取り扱いがございませんが、必ずご納得いただけるまで理由を丁寧に説明いたしますので、どの物件も皆さま安心してお住みいただいております。たとえば、こちらのお部屋などは……」

 なんのカウンセリングもなくいきなり物件を勧めてくるなどいまどき珍しいが、ということは提案物件によほどの自信があるのだろう。そうポジティブに状況を解釈した憑彦は、とりあえず店主の説明を聴いてみることにした。差し出された間取り図は、ごくありがちな1LDKのマンションの一室であるように見えた。

「こちらのお部屋では、これまで住まわれた居住者の方々が、五人連続で変な転びかたをしています」

 憑彦はその続きがあるものだと思い数秒待ってみたが、店主が何も言わないのでごく簡単な質問を返してみた。

「それはマンションの階段とかで、ということですか?」

「いえ、いずれも室内です。しかも、お風呂場など滑りやすい場所でもなく、何かにぶつかったり、段差につまづいたというわけでもないのです。にもかかわらず、五人が五人ともに、《ありえない方向に身体が曲がって死ぬかと思った。全身のあらゆる部位を同時にどこかへ強く打ちつけた》と口を揃えておっしゃっています。しかしご安心ください。皆さま、傷ひとつありませんでしたので」

 その説明を聴いた憑彦は、やはり次のように訊かざるを得なかった。

「それはやっぱり、霊的なものであるとか、そういうことなんでしょうか?」

 店主は戸惑う様子も見せず、慣れた口調で答えた。

「さあ。それについてはわかりかねますが、特に事件・事故があった物件ではございません。以上の五件を事件・事故とみなさないのであれば、ということですが――。もちろん公には、事件とも事故とも認められておりませんので、このあたりの事情に関しては、本来説明の必要はないのですが」

「ということは、こちらの物件を、なんの説明もなく客に勧めている不動産屋さんもあるということですか?」

「そういうことになります」

 自社にとって不利益な、言わなくてもいい情報まで客に伝えてくれるなんて、なんと親切な不動産屋さんだろう。店主の説明によってこの物件の不可解さは何ひとつ解明されていないにもかかわらず、憑彦はいつのまにかそう感じはじめていた。

「続いての物件はこちらなのですが……ズバリ、霊が出ます!」

 その説明に憑彦は「いよいよ来たか」と腰を入れたが、それよりも間取り図の左上、マンション名にかかるように記されている「ただし美男美女に限る」という上から目線きわまりないキャッチコピーのほうが気になった。だとしたら、自分はその条件に当てはまらないからだ。

「これって、美男美女しか入居できないってことですか? そんな差別って、許されるんですか?」

「いえいえ、この一文の前には、ひとつ明記できない文章が省略されているんです。なんというか、コンプライアンス的にNGなもので」

「はぁ。なんだかヤバそうな臭いがしますね……」

「そんなことはないですよ。省略されている一文というのは、まあ先ほど私が申し上げたことです。つまり省略を補ってあげると、〈この部屋には霊が出ます。ただし美男美女に限る〉ということになります」

「そっちですか」

 憑彦は思わず、その内容の不気味さよりも意外性のほうに食いついてしまった。あるいはそういう作戦なのかもしれなかった。

「ええ、そっちです。お客様によっては、部屋に霊が出ても好みのタイプの霊であれば許せる、いやそれどころかむしろ大歓迎だ、というかたもおられますので。そういうかたには大変お得なオプションつき物件となっております」

 理由あり物件の詳細な説明を聴いているうちに、マイナス要素がプラス要素へと転換する。そんなこともあるのだなぁと憑彦は感心しつつも、やはり霊的な存在との同居には、相手が誰であれ抵抗があった。

「ちなみに美男美女、どちらの霊が出るかは選べません。男性のお客様が入居された場合に、美男の霊が長期間居つく可能性もあります。中にはそちらのほうが良いというかたもいらっしゃいますが、そこは隣人を選べないのと同じようなものですから」

 相変わらず丁寧なフォローに、物件への信頼は抱けずとも店主への信頼は増してゆく憑彦であった。

「やっぱり霊とか怪我とかは怖いので、もうちょっと、なんというかお手柔らかな理由あり物件というのはないんですか?」

「もちろん。お手柔らかどころか、ラッキーな理由あり物件というのも用意してございますよ」

 ならば最初からそれを出せよ、と言いたいのはやまやまだったが、憑彦はそれをはじめに提案してこなかったことにすら、何かしらの理由があるような予感がした。

 店主が差し出してきたやはり平凡な1DKの間取り図の左上には、大きなくす玉がにぎやかに炸裂しているイラストが描かれていた。

「こちらのラッキーハイツという物件の777号室にお住まいのかたは、三人連続で高額の宝くじに当選なさっています」

「本当ですか?」

「ええ、もちろん当選確認はしております。とはいえ、これから入るかたが当たるかどうかまではお約束できませんが、つい先日までお住みいただいていたかたとその前のかたとさらにその前のかた、計三名の居住者様が立て続けに億単位の当たりを叩き出したのは、紛れもない事実となっております」

「でもここって『ハイツ』ですよね。ハイツなのに777号室? ということは7階建てなんですか?」

「いえ、こちらの物件は二階建てのアパートになりますが、すべての部屋番号にラッキーナンバーの『7』を取り入れているんです。といっても、777号室以外のかたは、誰ひとり宝くじには当選しておりません。やはり三つ並ばないと、幸運は訪れないみたいですね。ちなみに、777号室は一階のお部屋となっております」

「なるほど。でもこれはこれで、なんだか話がうますぎるような気が……」

「もちろんこちらも商売ですので、当社といたしましても、こちらのお部屋に特別な価値があることを認めております。ですのでご入居いただく際には、もしもお住みいただいているあいだに宝くじが当選された場合、その三割を配当金としてこちらへ入金していただくという契約を、あらかじめ結ばせていただくことになります」

「たしかに、それくらいならメリットのほうが遥かに大きいですね。本当に当たるのなら、ですが」

 憑彦はすでに、億単位の大金が手に入ったら何を買うかを想像しはじめていた。しかし残念ながら、具体的に欲しいものは何ひとつ浮かばなかった。

「まあデメリットといえば、確実に泥棒が入るということくらいですかね」

「確実に……ですか?」

「ええ、100%です。当選されたお三かたのうち、一人目のかたは幸い泥棒が入る前に引っ越されましたが、それ以降は〈高額当選者の住む部屋〉という名声がラッキーすぎる部屋番号とともに全国へ轟いてしまったおかげで、二人目のかたと三人目のかたはいずれも当選金を含むすべての金品を盗まれております。私どもとしましては、防犯対策としてせめて部屋番号だけでも、もう少し不吉な数字に変更したほうが良いのでは、と大家さんに提案してはいるのですが、なにぶん大家さんが異様に『7』を愛するかたでして……まあ、運が良ければ命までは取られませんからご安心ください」

 宝くじで使い切ってしまった一生分の運が、自らの命を強盗から守るレベルまで残っているとは到底思えない。結局のところ、どんなに詳細な説明を聴いても理由あり物件にメリットなどひとつもないのだ。命の危機を感じる段階へ来てようやくそう悟った憑彦は、諦めて別のまともな不動産屋へ行こうと席を立って反転し出口へと向き直った。すると背後から、これまでになく低い、地鳴りのような店主の声が響いてきた。

「まったく理由のない物件なんて、どこにもひとつもないんだよ」

 そのひとことに背筋を凍らせた憑彦は、振り向くのを必死に我慢してそそくさと自動ドアを越え、そのまま無心ににぎやかな駅方面へと競歩の腰つきで立ち去った。

 翌日、その店の前の道を通り過ぎた際にちらりとそちらへ目を遣ると、理由あり不動産のあった場所は跡形もなく空き地になっていた。そこは以前からずっと空き地のままだったのかもしれなかった。


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