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短篇小説「夢のまた夢のまた夢」

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 目が覚めると僕はプロ野球選手になっていた。これは僕が生まれてはじめて抱いた夢だ。寝て見る夢ではなく、起きて抱く夢だ。だからこれは夢の中の話ではなく、外の話ということになる。どちらが現実かなんて、取るに足らないことだろう。

 しかしプロ野球選手の僕は、引退後に生き甲斐を失い、酒びたりの毎日を送ることとなった。毎日が無力感に溢れていた。子供のころ、引退後のことまで夢に見ることを忘れたからだ。こんなことならば、第二の人生まで計画的にしっかり夢に見ておくべきだった。だが夢に計算など似合わない。ひとり酒を飲んで前後不覚で眠る日々を続けるうち、再び目覚めの時が訪れた。

 目が覚めると僕はパイロットになっていた。これはたしか僕が二番目に抱いた夢だったような気がする。

 だが複雑な機器が並ぶコックピットに、エチケット袋は似合わない。幼少期の僕は、自分が激しく飛行機酔いする体質であることをまだ知らなかった。こんな体質で、なぜパイロットになれたのかは不思議だが、やがて僕は操縦席で脱水症状を起こし、気を失った。そしてまた、目覚めの時が訪れた。

 目が覚めると僕はJリーガーになっていた。これは僕が三番目に抱いた夢で、ちょうどそのころJリーグが発足したという影響が大きい。

 そして僕は、最初から最後までJ3のチームでプロ選手生活を終えた。夢を見る際に、ただ「Jリーガー」と思い描いていただけで、「J1所属のJリーガー」とまでは厳密に指定していなかったからだろう。今度は酒ではなくギャンブルで身上を潰し、借金取りに追われビルの屋上から屋上へと飛び移る瞬間に意識を失い、やがて目覚めの時が訪れた。

 目が覚めると僕はギタリストになっていた。これは中学の頃、軽音楽部に入って抱いた第四の夢だ。

 しかしプロになって組んだバンドにはもう一人リード・ギターの男がいて、僕は地味なリズム・ギターに徹していた。リードの彼には作曲能力も備わっていて、彼が人気者になるとバンドはまもなく空中分解した。ちゃんと「作曲能力のあるリード・ギタリスト」を具体的に夢見るべきだった。僕は酒でもギャンブルでもなくストレスによる過食から、巨大プリンの海で溺れている上から宇宙船サイズのハンバーグがエンドレスに降ってくる悪夢にうなされ、そして目覚めの時が訪れた。

 目が覚めると僕は社長になっていた。大学受験を控え、それまでよりも地に足の着いた現実的な選択肢を考えるようになったころに抱いた五番目の夢である。

 そして今回も、やはり具体性に欠ける夢が仇となった。僕のオフィスには、社長の僕ひとりしかいなかった。「社長」の前に「大企業の」をつけ忘れて夢見てしまったせいだ。僕が夢見た社長はたとえば、『情熱大陸』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』でひとり格好よくインタビューを受けている社長の姿で、大勢の社員たちと創立記念パーティーをしたり、社員旅行に行ったりといった賑やかなシーンを思い描くのを忘れていた。僕は話し相手がいないことから精神を病み、薬を大量摂取して気を失ったのちに目覚めの時が訪れた。

 目が覚めると僕は父親になっていた。これは僕が六番目に抱いた夢、と言いたいところだが、僕は父親になることを夢見たことはない。

 だからこれは、僕がわざわざ抱かなかった夢だ。しかしだからこそ、僕はどんな父親であろうとも、父親であるというだけで満足できている。そこには理想像も具体的なリクエストも必要ない。夢に抱いていない夢こそが、本当の夢なのかもしれない。それは間違いなく、最高に幸せな目覚めであった。

 だが目覚めの時は、またやがて訪れるだろう。夢とは畢竟、現実ではないのだから。


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耳毛に憧れたって駄目―悪戯短篇小説集 (虚実空転文庫)

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