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短篇小説「過言禁止法」

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 SNSの流行により日本語は乱れに乱れた。どう乱れたかといえば端的に言って万事表現がオーバーになった。

 短文の中で自己表現をするとなれば自然と過激な言葉に頼るようになる。さらには、ただ一方的に表現するだけでなく互いのリプライによる相乗効果も働くとなれば、言葉がなおさら過激化するのは必然であった。そこで日本語教育の行く末を憂う文科省が中心となり政府が打ち出した政策が、先に施行された「過言禁止法」である。

 この法律により禁止されるのは、「事実とは異なる過剰な表現」ということになっている。なぜならば政府によれば、「言い過ぎている表現=過言」こそが人心を乱すデマの源泉であると目されているからである。たしかにSNSの普及により出所不明のデマがまたたくまに拡散されるようになり、そこで用いられる過剰な表現が警察や消防を無駄に動かすなどの看過できぬ事態が頻発した。

 つまりこれは、「日本語の乱れを食い止める」という文科省大義名分だけでなく、このままでは国家機能が麻痺すると判断した政府による苦肉の策でもあった。

 我々はあまりにも過剰な表現に慣れすぎてしまった。たとえば面白い事象を目撃した際によく使用される「腹筋崩壊」という言葉。「過言禁止法」が施行された今となっては、このような言葉をSNS上などで発した場合、数分後には警官と医師が発言者のもとへ駆けつける。そしてその場で服をまくられ、医師による身体検査が行われる。

 そこで判断されるのは、むろん「腹筋が真に崩壊しているかどうか」という一点である。「腹筋崩壊」という表現を裏づけるだけの崩壊が医学的に認められなければ、法律違反とみなされその場で緊急逮捕となる。むろん、そこで本当に腹筋が崩壊していたという例は、これまで一件たりとも報告されていない。

 そのため、もしも笑いを表現する際に過剰な表現をしたくなった場合は、「腹がよじれた」程度にしておくことが望ましい。これならば万が一検査を受ける際にも、軽く身体を横へひねってみせれば無罪放免となる。

 また、路上で憧れの有名人に出逢った場合なども、充分に気をつける必要がある。一緒に写真を撮ってもらうなどして、それをSNSにアップした上でつい「#マジ神」などのハッシュタグをつけてしまいがちであるが、これも当然取り締まりの対象となる。

 ここで気をつけなければならないのは、この場合過剰な言葉を発した当の発言者だけでなく、その過剰表現の対象となった人物、つまり写真を撮られただけの有名人までもが罪に問われるという点である。

 まずは発言者のもとへ警官と宗教学者がセットで赴き、事情聴取が行われる。容疑者のもとへ向かうチームは、このように場合によって「警官+その発言内容に関連する専門家」で編成されることになっている。たとえば「爆笑」という言葉が発せられた場合は、むろん爆発物処理班が帯同する。

 そして発言者から得た情報をもとに、写真を撮られた人物、つまり発言者に「マジ神」と言わしめた人物へと捜査は展開。そこで宗教学者による詮議や新たに駆けつけた医師による身体検査が行われ、最終的には警官がその人物が本当に神であるかどうかの総合的判断を下す。結果、もしも神でないと判断された場合は、その場で「過言誘導罪」により緊急逮捕となる。

 この法律により、カリスマ性を持つタレントやスポーツ選手が日本国内で続々逮捕され、テレビには平凡なルックスを強調した、タレント性のないタレントばかりが居座りはじめている。もしも気にくわない人間を見かけたら、「マジ神」とSNSで軽くつぶやくだけで画面から簡単に消去することができる社会。

 この先、表現はさらに過激化の一途を辿ることになるのかもしれない。


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