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短篇小説「ことわざ殺人事件」

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 ある冬の朝、都心の路上で、腹部に餅屋の暖簾を被せられた中年男性の死体が発見された。男は一般的な背広姿、目立った外傷は見当たらず、死因は特定されていない。この不可解な死を解明するため、二名の刑事と一人の探偵が現場へと急行した。

 初めにベテランの刑事Aが目をつけたのは、やはり腹部を不自然に覆い隠している暖簾であった。紺色の生地に大きく「餅」とプリントされている。刑事Aは、かしげた首をゆっくりと戻しながらつぶやいた。

「この男は餅屋……なのか?」

 中空へと放たれた疑問を、馴染みの探偵がつかみ取って答える。

「たしかにこの『餅』の字は、餅屋の『餅』でしょう。しかしだからといって、この男が餅屋とは限らない。今どき珍しく『餅は餅屋!』と心に決めて、コンビニやスーパーを選択肢からあえてはじきながら、熱心に餅屋へ通う餅好きの客である可能性も十二分にあるかと」

 探偵の話が終わるのを待ちきれずに、若手の刑事Bが何気なく暖簾をめくった。するとその部分だけワイシャツがめくれ上がっており、あまり毛のない腹部の地肌が露わになった。

「へそ周りがどことなく赤みがかっているようだが……」刑事Aが次なる疑問を口にする。

「おそらくは火傷の跡でしょう。へそで茶を沸かしたとしか思えません」探偵は、事件の鍵を握る重大なヒントを見つけたかのような口調で、確信をもって答えた。「路上には、ガスコンロも電気ケトルもないですからね」

「となると、男は無類のお茶好きか……」刑事Aが無駄に遠い目をして茶畑に思いを馳せている間に、刑事Bが被害者のジャケットの胸ポケットから中身を取り出して言った。

「これは……小判と真珠、ですかね? なんでこんな物を?」

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」探偵はまず小判を手に取り、その表面を虫めがね越しに眺めた。「なるほどこの小判には、猫の肉球跡がついてますね。しかも複数の足跡が。つまりこの男は頻繁に、猫に小判をやっていたと見るべきでしょう」

 探偵は続いて刑事Bから真珠のネックレスを受け取ると、それを自らの顔の前でじっくりと観察してから、押しつけるように刑事Bの鼻先へと突き返した。すると刑事Bが突如しかめっ面をこしらえて叫び声をあげた。

「うわっ、なんだこれ? とんでもなく豚くせぇ!」

「そう、男は豚に対しても、頻繁に真珠をあげていたようですね。だが男がこれを持っていたということは、これを豚に単純にあげたのではなく、いったんは渡した上で再び取りあげていたということです。それは小判も同様ですが、つまりこの男の思わせぶりな行動により、彼は猫や豚から大いに恨まれていたと考えられます」

「そういえば男の顔のすぐ横のアスファルトに、何か動物の足跡のような泥がついているのがさっきから気になっていたんだよ!」刑事Aは探偵の言説に触発され、気になっていたことを指摘した。

「よく気づきましたね」探偵は自らの推理に乗せられるように話を続けた。「男の顔の両脇には、二匹の兎の足跡が残っています。つまり男は、二兎を追っていたということです。しかし男が兎の耳を手にしていないところを見ると、残念ながら一兎をも得られなかったようです」

「では猫、豚、兎、いずれかの動物によって、男は殺されたというわけか……」刑事Aがいよいよまとめに入ろうというところに、明らかにその説を推し進めていたように思われた探偵が水を差した。

「いや、それは早計に過ぎるでしょう。たしかに動物たちが男に攻撃を加えた可能性はありますが、男には致命傷になり得る外傷は見当たりません。それよりも……」

 と言って探偵は、閉じられていた男の目をこじ開け、眼球をペンライトで照らし出した。

「この圧倒的な目の潤いを見てください。この男は間違いなくさされています!」

「刺されたって、いったいどこを刺されたって言うのかね? さっき外傷は見当たらないって言ったばかりじゃあないか」刑事Aが当然の疑問を投げかける。

 探偵はその疑問を待ってましたとばかりに、池上彰が「いい質問ですね!」を繰り出すときの満足気な表情を浮かべて言った。「『刺された』のではなく、『差された』のですよ。その証拠に、ほら、すぐそこのマンションの二階の、右から二番目の部屋を見てください。窓が開いているでしょう」

「???」頭に疑問符が浮かびまくっている刑事二人に対し、探偵は説明の対象をひな壇の劇団ひとりから坂下千里子に変更したときのように、噛んで含めるような調子に切り替えて説明を続けた。

「つまりこの道路脇に建っているあのマンションの二階から、動物ではない何者か、すなわち人間が目薬を垂らし、それが男の目に見事命中したというわけです。というわけで、死因は目薬に含まれた毒による毒殺。犯人はマンションの二階のあの部屋の住人ということになります」

 探偵の解説を聴いた二人の刑事は顔を見あわせ、どちらからともなく深くうなずきあった。やはりことわざを混ぜ込まれると説得力が段違いだ。もともと国語が大の苦手だった二人の刑事は、改めてそう感じていた。

「よし、じゃあさっそくマンションの二階の、右から二番目の部屋に突入するぞ!」息巻いた刑事二人が、元気よく駆け出してゆく。

 そののち、本件は自殺として迅速に処理された。

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