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ネジゴンクエスト~真空のネジ穴~

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日常には様々なミッションが潜んでいて、その規模が大きければまた達成感も大きいとは限らない。たとえば面白いゲームというのは達成感を得られるものだが、その面白さの主たる要因は何かというと、基本的には難易度設定であると思う。これは仕事でも遊びでも日常生活でも変わらない。

つまらないゲームというのは、多くの場合「難しすぎる」か「簡単すぎる」かのどちらかで、どちらの場合も人間はわりとすぐにモチベーションを失う。たとえばサッカーのゴールがもうひとまわり小さかったら、多くの試合が0対0で終わり、やる人間も観る人間もはるかに少なかったかもしれない。反対にゴールがひとまわり大きくて人数も5人ずつ多かったら、今度はイージーすぎてやはり人気が出なかった可能性もある。

大事なのは難易度設定であり、逆に難易度さえ適切であれば、すべての事象はゲームに変えられる。

僕の住んでいる賃貸物件で先日、シンク下収納の扉を支えている四つの蝶番のうち、一箇所だけネジが外れているのを発見した。そういえば当初から、扉の締まりが甘いことを見て見ぬふりしてきたのだった。その甘さがついに限度を越えてぐらぐらになり、この段になって初めて詳細に目を配ったところ、問題箇所を発見してしまったという按配である。

もしかすると最初からその一箇所だけネジが外れていたのかもしれないし、使用しているうちに外れてしまったのかもしれない。いずれにしろネジが一本見当たらないのだが、拾って捨てた覚えもない。だとするとやはり、初めから一本欠けたまま、ギリギリの状態で支えていたところに限界が訪れた、と考えるのが妥当であると思われる。

こういう問題は、発見してしまった時点で明確な問題となる。発見しなければ問題にはならないのだが、発見してしまったものを発見していない状態に戻すことはもはや不可能である。それが問題としていったん確定したからには、それを解決しなければならない。

ここで僕が望むのは、ただその問題が、どうか適切な難易度であってくれというただ一点である。先ほども書いたように、物事は適切な難易度でさえあれば、ゲーム内のミッションとして楽しむことができるのであるから。

この場合まず第一に考え得る対応策は、不動産屋に連絡して修繕を依頼することだろう。さすればおそらく無料で直してもらえるはずだが、そもそも連絡を取りあったり日程調整するのが面倒である。それにたったネジ一本のことでなんとなく「物件を雑に扱っている客」と思われるのも、のちのち退去時などに不利に働きそうで、長い目で見ると損失のほうが大きいような気になってくる。

そして何より、この方法は難易度が低すぎてつまらない。難易度が低いのに面倒くさくてイメージダウンにもつながるなんて、わざわざ最初に選ぶべき選択肢ではない。これは最後の手段に取っておくべきだと考えた。

そこで第二の手段として考えたのは、ごく当たり前だが自分でネジを買ってきて入れるという方法である。とりあえず僕は、残り三箇所の蝶番に埋め込まれているネジのうち一本を外し、その形状を確かめることにした。

すると取り出したネジの形状は思いのほか短く、嫌な予感がした。こんなに短いネジは、あまり見たことがない。だとするとこれは入手困難な特殊ネジなのかもしれず、ジャストサイズのネジが市販されていない可能性もあるのではないか。

そもそもネジの規格というものがどの程度のレベルで普及しているものなのか、そんなことすらさっぱりわからない。昔ラジコンを作っていたころの経験で、ネジというのはバリエーションが無数にあるわりに、ハマる時は意外とハマるという感覚もあって、相当な精密機械でもない限り、わりと一般に普及しているサイズのネジを使用しているような気がしないでもない。

と、このあたりまで考えたところで、僕はこの一本のネジを探し当てるというクエストが、自分にとってちょうどいい難易度を持っていることを予感したのだった。つまりこのミッションは、わりと気持ち良くゲームとして楽しめるのではないかと。

僕はまず、インターネット上でこのサイズのネジが市販されているのかどうかを調べることにした。それにはまず、失われしネジのサイズを測る必要がある。僕はいま一度ほかの蝶番からネジを外し、定規でサイズを測ろうとするのだが、しかしそこでふと疑問が湧いた。これはいったい、どこからどこまでのサイズを測れば良いのかと。特に長さに関して。

ネジ頭のてっぺんから測るべきなのか、それともネジ頭は含めずに、ネジ頭の裏側からはじまるネジが切ってある軸部分のみの長さを測るべきなのか。なんとなく前者のような気がしたが念のため「ネジ 測り方」で検索してみると、答えは後者だった。危ないところだったが、同時に「ちょうどいいぞ!」とも感じていた。

何がちょうどいいかというと、難易度が、である。「6:4」で前者かな、と思ったものが、調べてみると後者だった、という絶妙な裏切り加減。「8:2」の予想をひっくり返されるとなかなか腑に落ちないものだが、「6:4」くらいだとむしろ覆されたほうが気持ちいいのである。

そうして付け焼き刃の知識でネジを計測すると、「(直径)4mm×(長さ)5mm」であることが判明。さっそくネットで検索をかけてみる。すると、ジャストサイズのネジがどうにも見当たらないことに気づく。径に関しては4mm以下のものもあるのだが、長さに関しては、どうやら6mm以下のものはあまり市販されていないっぽい。つまり「4mm×6mm」のネジが入手可能な範囲で現物に一番近いということになるが、この長さ1mmの誤差を許容して良いものかどうか。

困ったものだが、ちょっと考え方を変えてみればこれはこれで悪くない。ここでいきなりジャストサイズが見つからず、わずか1mmの壁が出現するというのも、難易度設定としては絶妙であるような気がしてくるではないか。

しかしさらに問題なのは、ネットでネジを買う場合、小さいネジの場合は1本単位では売っておらず、何十本もセットで買うことになるということ。そして、ネジよりも送料のほうが高くなってしまうということだった。

となると、やはり店舗で買ったほうが良い。安くて小さい商品なので、それでも1本単位では売っていないだろうが、送料もかからないし、慣れない品は何よりも実物を見て買うほうが安心である。

それにネットで安易に解決することを許さず、現場へ足を運ばせるという難易度もまたちょうど良いではないか。

そう判断して、僕は後日東急ハンズへと向かった。ネジ売り場には無数のネジが並んでいる。その物量に圧倒されつつも、鋼鉄の海の中からなんとか「4mm×6mm」のネジを発見した。1本しか必要ないのに12本セットではあるが、とりあえずこれが最小単位であるようだ。さらにワッシャーとナットもセットになっているのは余計にも思われたが、考えてみればワッシャーはむしろ必要になるかもしれない。

僕の計測によれば、なくなったネジのサイズは「(直径)4mm×(長さ)5mm」であるのだが、長さ5mmのネジはやはりなく、仕方なく近似値である「(直径)4mm×(長さ)6mm」のネジを選んでいる状態である。つまりネジ穴に対して長さが1mm余る可能性があるわけだが、余った長さのぶんは、間にワッシャーを何枚か噛ませれば調整できるのではないか。

ここで余計なパーツがひとつ必要になるあたりも、難易度としては実にちょうど良い。

僕は目的の品を手に入れて満足気に帰宅すると、さっそく買ってきたネジを袋から取り出し、待ちくたびれているネジ穴へと放り込んだ。するとスムーズに放り込んだはいいが、どうにも放り込めすぎるのである。簡単に入りすぎる。ネジが回りすぎる。そしてすぐにポロリと取れる。……そう、ネジ穴のサイズが全然あっていないのだ!

焦った僕は再度、ほかの蝶番からネジを抜いて、新しく買ってきたネジと並べてみる。……全然太さが違うじゃあないか!

改めて定規で計測してみると、正しいネジのほうは、どうやら太さが4mmではなく5mmあるっぽいことに気づく。でもそれは、4mmと言ってもいいくらいの5mmだ。しかし5mmは5mmなのであって、どう転んでも4mmではない。たった1mmの差であるのに、全体のシルエットは見れば誰でもわかるくらいの別物である。なんて浅はかなケアレスミスであろうか。

しかし幸いであったのは、このネジ12本セットの入手価格が百円程度であったということだ。これくらいならば勉強料としてちょうど良い。不動産屋や修理業者とやりとりする時間を時給に換算すれば、きっとそれくらいは超えるだろう。

短すぎてほかにはさっぱり使い道のなさそうなネジだが、やはり一発で正解が出てしまったら簡単すぎてつまらないというのもあるから、この不正解すらちょうど良い難易度設定にひと役買っているとも言える。もはや「これはゲームなんだ」と自分で自分を洗脳しているようでもあるが、それで良いのだ。洗脳される相手が自分ならば、それは「洗脳」ではなく単なる「考え」であるから問題はない。

そして後日僕は、再び東急ハンズを訪れた。前回の経験値があるから、ネジ売り場でも迷いはない。今度は前回よりも1mm太い「(直径)5mm×(長さ)6mm」のネジを選んで購入した。やはりワッシャーつきで百円である。

帰宅すると、取るものも取りあえずシンク下へとしゃがみ込み、ネジをネジ穴へと放り込んだ。今度こそ確かな手ごたえ。それでも本来のネジに比べると1mm長いという不安は残っていたが、ネジ穴がいくらか深めに切ってあるようで、残りの1mmもワッシャーなしで難なく収まった。扉の開閉も問題なく、むしろ引っ越してきた当初よりも良くなったと言える。

こうして僕のクエストは無事達成された。たったネジ一本の話だが、これは人生の話でもある。難易度さえ適切であれば、それを楽しむ方法は確実に存在する。僕は窓の外の夕焼けを見上げながら、中尾彬のネジネジに思いを馳せた。

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