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短篇小説「三割神」

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 野球で打率三割といえば好打者といえるが、三割だけ願いを叶えてくれる神様はどう評価すべきだろう? 神だってなんでもかんでも完璧に叶えられるわけではない。神に完全無欠な仕事ぶりを常時要求したりすれば、今どきパワハラだなんだと訴えられかねない。神にも人権ならぬ神権はあり、向こうには神権派弁護士もついている。

 さて、世の有識者らは願いごとを三割だけ叶えてくれるこのような神を「三割神」と呼ぶ。しかもこの神、三割は三割でも、正確にいえばそれは打率つまり「成功率」を表しているのではない。そこは神なのだから、成功率に関しては言うまでもなく十割である。三割しかないのは、むしろ達成率のほうである。いや達成率というよりは、進捗率と言うべきかもしれない。これに関しては、ちょっと説明が要る。

 たとえば人間が三割神に、「100万円欲しい」と願い出るとする。ここで10回中3回100万円が手に入るとしたら、それは成功率三割である。あるいは確実に30万円が手に入るとしたら、それは達成率三割と言うべきか。

 しかし三割神の三割は、そのいずれでもない。この神が叶え得る三割とは、「100万円を入手するプロセスにおける三割の段階まで進むことができる」という意味での三割である。

 もし100万円を手に入れる手段として、それを願い出た人間が銀行強盗を選んだ場合、この神はその計画準備を三割方まで進めてくれるということだ。残りの七割に関しては、もはや神の知るところではない。

 三割進捗の現実的なラインとしては、使えそうな仲間集めと目標となる銀行選び、そして車の手配くらいまでだろうか。そこに拳銃の入手や当日の作戦決行まで含めると、明らかに三割を越えてしまうため、以降はなんとか自力でやり遂げるしかない。いわゆるひとつの自己責任である。

 たとえばあなたが「素敵な女性とつきあって結婚したい」と願い出たならば、三割神はやはりそのスタート地点からゴールへと至るプロセスの三割方までお手伝いしてくれる。おそらくまずは「出逢い」、そして「偶然の再会」、さらに「たまたま一番好きな映画が一緒」くらいの演出は、向こうで勝手にやってくれると思われる。

 ここで、「ならばむしろ初期段階ではなく、その後の最も難易度の高い告白周辺のプロセスを三割方やってくれないか」という向きもあろうが、三割神の役割は残念ながらスタート地点からの三割に限られる。途中からのプロセスだと割合の計算が面倒だ、という実務的理由による。

 ちなみに三割神の口癖は「あとは流れで」であり、目標へのプロセスが三割方進捗すると、三割神はこの言葉を残してあとかたもなく雲散霧消する。偶然だが相撲の八百長でよく使われるのとまったく同じ台詞である。

 統計によると、三割神に願いごとをした人間の目標達成率は三割を優に下回り、一割をも切ると言われている。残された七割を達成できる人間ならば、最初から三割神などに頼らずとも自力で目標達成できるはず、というのが最近の常識的見解である。逆に言えば、三割程度下駄を履かせてもらったところで、その先には山ではなく崖しかないというケースのなんと多いことか。

 関係者の話によれば、長引く不景気のあおりを受けて業績悪化の止まらぬ現在の神界において、この三割神こそがリストラ候補のポールポジションに君臨しているらしい。その圧倒的事実は、もはや十割方揺るぎないという。


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