泣きながら一気に書きました

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非四字熟語読解問題

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人は様々なメッセージを身に纏って歩いているものだ。

たとえばTシャツのプリント文字。そこに何らかの主義主張を込める者と、何も考えずなんとなく着ている者の二派に分かれるが、いずれにしろ結果的に何かしらのメッセージを発信していることに違いはない。あるいはそれが無地であったとしても。

公園を、歩いていた。

歩くのは速いほうなのだが、その日は珍しく自分の脇をすり抜けていく人影があった。

特に悔しいやけではないが、ずいぶんせっかちな奴がいるなと思って、その後ろ姿をしばらく眺めて歩いた。年のころ20代半ばくらいの白人青年だった。

「やはり民族の違いによるナチュラルボーンなフィジカルの差か」などと考えていると、より明確なフィジカルの違いが目に留まった。半袖Tシャツを着た青年の左腕には、タトゥーが入っていた。

そのこと自体に今さら驚きはない。そのタトゥーが漢字であったことも、今やさほど珍しくもない。時にその漢字は見た目のフォルム重視で選ばれがちであり、意味不明な並びであることも多い。こちらもそういうものだと思って、そこから発信される怪しげなメッセージを受け流す用意はできている。

この時も最初はそうだと思った。特に意味のない、しかしなんとなくその形状を気に入った漢字が並べてあるだけなのだと。青年の腕に浮かび上がっていたのは、「龍愛悟男」の四文字。間違いなく四文字という条件は満たしているものの、とりあえず四字熟語ではないようだ。

だがしばし眺めているうちに、この意味不明な文字列の意味が、だんだん通りそうな気がしてきた。そして僕は気づいてしまった。

この中でどうも違和感があるのは、「悟」という漢字である。「龍」はそもそもタトゥーに使われがちな生物であり、「愛」もメッセージとして抜群の普遍性がある。「男」はもちろん、彼が実際に男であろうことを考えると、特に言う必要がない気もするがさりとて違和感もない。

もちろん「悟」というのも主張の強い文字であるし、外部に発信するメッセージとしてあり得ないチョイスではないが、やはり他の三文字に比べると少しステージが違うような気がする。

そんなことをあれこれと考えつつ、その腕の四文字をいっぺんに視野に捉えなおすと、僕の視覚野に四文字のうちの二文字だけが鮮明に浮かび上がってきた。「龍」と「悟」である。なぜかしら、この二文字には計り知れぬ親和性があるように思えてきたのだ。

思い出せそうで思い出せない。そんな状態でこの二文字の残像を残したまま、いつのまにか青年は消えていた。

そして僕は気がついた。これは漫画の題名と主人公の名前であると。そういえば青年はオタクっぽい雰囲気を身に纏っていた。うつむき加減で髪が長く、間違いなくイタリア人ではない感じ。

もうおわかりだと思うが、「龍=ドラゴン」であり、「悟=悟空」であると僕は確信した。つまり青年は『ドラゴンボール』の孫悟空が好きすぎて、「龍愛悟男」の文字を腕に刻んでいるのだと。そういえば着ていたTシャツがオレンジだったような気が急にしてきたが、それはこちらの後づけだったかもしれない。

しかしそれならそれで、無難すぎる「愛」とか「男」とか入れる暇があったら、もっと「玉」とか「孫」とか「空」とか入れておけよ、とは思った。もしくは「亀」のひと文字のみ。

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