泣きながら一気に書きました

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短篇小説『無効フラグ放題』

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 よく風の鳴る嵐の夜だった。マンションの一室の床にひとりの男がうつ伏せに倒れている。男を取り囲むように、火のついた百八本のロウソクが配置されている。いつから燃えているのかはわからない。

 男の頭上にある窓ガラスが風を受けてビリビリと頻回に震えているのは、意中の人に会いたくて震える乙女心の表れではなくガラスに小さからぬヒビが入っているからだ。窓の外に見えるベランダの手すりには無数のカラスがたむろしている。黒づくめの中に一羽だけ全身真っ白のカラスがおり、その白いくちばしは何かで赤く染まっているように見えた。

 部屋にあるテレビはつけっぱなしで、近ごろこの近辺で起きている連続殺人事件のニュースを伝えている。聞こえてくる救急車のサイレン音が、窓越しに外から入ってきたものなのか、テレビの中から流れてきたものなのかは定かではない。あるいはその両者がユニゾンしているのかもしれない。

 テレビ台の上には何らかのゴルフ大会のトロフィーが飾られている。だがよく見ると、その銅像が振りかざしているゴルフクラブは無残にもシャフト半ばで折れ、鋭利な切り口を剥き出しにしている。その切り口は当然のように赤黒く変色している。

 トロフィーを手に持って試しに振ってみるとカラカラ鳴るのは、その底面の蓋を開ければ何かをそこに隠せる仕様になっているからだ。コインを使ってその蓋をこじ開けると、中からは「13」と番号が彫り込まれたどこかの鍵と、表面にマジックで「要」と書き込まれたUSBメモリが出現する。ちなみにこの部屋は13号室ではなく12号室である。

 テレビ台の上には、トロフィーと並んで妻子と撮影したとおぼしき家族写真が飾られているが、部屋はワンルームマンションであり女物の服はどこにも見当たらない。

 壁に添って配置されたベッドの上はいかにも起きたてという感じの躍動感に溢れており、真夏にもかかわらずぶ厚い羽毛掛け布団が乗っかっている。掛け布団をめくると、その下から湯たんぽと三百万円の札束が出現する。どちらもまだ生温かい。

 先ほどから終始、きっちり三分置きに毎度ワンコールだけ部屋に備えつけられた電話のベルが鳴る。つけっぱなしになっているテレビの音量が徐々に大きくなってきているような気もするが気のせいかもしれない。

 冷蔵庫を開けると、大量の常備菜がパックに入れて綺麗に並べられておりとても男のひとり暮らしとは思えないが、飲み物はビールしかない。十本ほど入っている缶ビールはどれも賞味期限が過ぎているが、常備菜はひとつも腐ってはおらず賞味可能である。

 壁に貼ってあるデスメタルバンドのポスターに大きく「KILL」と書かれている血文字が、デザインなのかあとから人の手で書かれたものなのかはわからない。さらに上階から甘い汁でも出ているのか、天井にたかっている大量の蟻は遠目に見ると「死」の一文字を形作っているように見える。

 キッチンのシンクには紅に染まった包丁と何かの肉と骨のかけらが転がり、風呂場には生ぬるく赤い湯が張られているがワイン風呂という可能性もないことはない。空は暗く、風はますます強くなり、雷まで鳴りはじめる。

 やがて男の耳元に置かれていたスマホのアラームがけたたましく鳴り響く。すると三分に一度鳴る電話のベルでも起きなかった男がすっくと立ち上がり、自分を取り囲む百八本のロウソクを今さらダイエット目的ではじめたロングブレスのひと息で吹き消すと、取るものも取りあえず家を出て会社へと向かう。いつのまにか嵐は止み、見上げればすっかり青空が広がっている。こうして平凡な男の平凡な一日が、何事もなく幕を開ける。


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耳毛に憧れたって駄目―悪戯短篇小説集 (虚実空転文庫)

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