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短篇小説「一理あらまほしき男」

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 ある朝、壱村理太郎が満員の通勤列車内で老人男性に席を譲るため立ち上がると、老人は理太郎のつま先を杖で小突きながら烈火のごとく怒りを表明したのであった。

「ワシはこうやって、すっかり曲がってしまった腰を伸ばしているのだ! 誰の手先だか知らんが、このうえさらに我が腰をひん曲げようという魂胆か!」

 老人の思いがけぬ持論に面食らった理太郎は、しかし落ち着いてこう答えた。

「なるほど。一理ありますね」

 そして老人の着ている仕立ての良いジャケットの上から両手でベルトをつかむと、上手投げの要領で老人を座席にねじ伏せて着席させた。なぜならば老人の述べた持論は、理太郎にとってたったの「一理」しかなかったからである。理太郎の道理は別にある。

 勤務先の最寄り駅で電車を降りた理太郎は、駅前のファストフード店で朝食を摂ってから会社へ向かうことを日課としている。店内へ足を踏み入れた理太郎は、レジでチーズバーガーを注文する。すると若い女性アルバイト店員は当然のごとく、「ご一緒にポテトもいかがですか?」と返してくる。それに対し、理太郎はいつもこう答えるのだった。

「なるほど。一理ありますね」 

 そしてその返答を営業スマイルで柔らかく受け止める店員に、理太郎はもうひとこと付け加える。

「いえ結構です」

 なぜならば店員のおすすめは、理太郎にとって「一理」しかないからである。そして理太郎は単品のチーズバーガーを受け取ってもぐもぐ食べる。

 ある日、理太郎のこの注文方法を以前くらったことのある店員が、気を利かせて例の「ご一緒にポテトもいかがですか?」のくだりを省略してきたことがあった。だが理太郎にしてみれば、それは全然違うのである。

 理太郎は「一理」をあくまでも「一理」として常に処理するため、それを自らの道理として採用することはけっしてないのだが、それでも「一理」は欲しいのである。もらえる「一理」はもらっておきたい。もらえるはずの「一理」をもらっていないと、ものすごく損した気分になってしまうのだ。

 理太郎にとって「一理」とは、「決定的」ではないが「なくていい」道理ではないのである。少なくとも、焼き肉屋でお会計時に渡されるチューインガムよりはもらっておきたいと考えている。

 彼はその例外的省略行為について店員に断固抗議した結果、お詫びにポテトをいただいたのであった。だからいらないと言っているのに。理太郎はポテトではなく、「一理」が欲しかっただけなのである。

 その日の午後開かれた職場の会議では、理太郎の意見に後輩社員が真っ向から刃向かってきた。だが理太郎の懸命の説得により、後輩はついにかの台詞を口にしたのであった。

「なるほど。一理あるかもしんないっすね」

 とはいえ、そこまではなんの問題もなかった。歳下にちょっとお株を奪われたくらいで、不機嫌になる理太郎ではない。反論してきた相手に「一理ある」と言われれば、人間いやな気はしないものだ。しかしそれに続く言葉が悪かった。後輩はこうつけ加えたのだった。

「じゃあ僕もそちらに賛成ってことで」

 その言葉を聴いて、理太郎は激怒した。後輩にしてみれば、わけがわからなかった。せっかく自らの非を認めて服従してやったのに、なぜ俺が叱られるのか。いつも温厚な理太郎が、容赦なくまくしたてた。

「お前はさっき、たしかに『一理ある』と言ったんだ! 一理ということは、つまり一理ということだよ! なのにそんな一理でしかない道理に合わせて自らの道理を曲げてしまったら、それはもう一理じゃなくて十理、いや百理? それどころかもはや『全理』じゃあないか! これはもう外道の仕業と言うほかないよ! 一理を好きなようにもて遊びやがって! ならば正確に、『全理ありますね』と言うべきだよ! いっそのこと英語を織り交ぜるなどして、『エブ理』とかでもいいんだよ! 一理でさえなければね! ほら、今すぐに『全理ある』もしくは『エブ理ある』と言えよ! 言うだけでいいんだよ! さあ言ってみろよ!」

 理太郎は容赦なくその怒りをぶちまけつつ、いま自分が喋っているこの持論には、「ひょっとしたら一理もないのでは」と生まれて初めて感じていたのであった。


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