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妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

短篇小説「冒険老婆」

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 男が街の小さな煙草屋を訪れ、窓口に座る老婆に声をかけた。よく晴れた春の日だった。

「今日はあいにくの天気ですね」
「いやまったく、そうだねぇ」

 老婆はおもむろに立ち上がると、窓口の脇にある勝手口の戸を開いた。男は身をかがめてそこから中へと入った。その先には地下へと続く階段があった。老婆はランタンを手に、しっかりとした足取りで薄暗い階段を降りていった。男は黙ってついてゆく。

 階段は、気が遠くなるほど長かった。自分が地下何階へと向かっているのか、男がすっかり現在地を見失ったころ、左へと逸れる脇道が出現した。老婆はそちらへと曲がった。男もついていくほかない。

 だがその先は行き止まりであった。老婆は黙って突き当たりの壁を、ランタンでことさらに照らし出した。壁には大ぶりなレバーが埋め込まれていた。老婆が無言でうなずくと、男は上向きになっていたレバーを力強く引き下げた。遠くでゴゴゴという、何か重い物体が動き出すような音がした。

 特に驚く様子もなしに老婆は踵を返すと、来た道を戻って元の階段へと向かった。男は老婆の三歩うしろを歩いている。まもなく階段との交差点へさしかかると、その各段はスムースに下へ下へと送られていた。先ほどまで止まっていた階段がすっかり動き出したという按配で、機能としてはエスカレーターというべきかもしれないが、見た目は依然として階段に違いない。

 老婆はなんの苦もなく動く階段へと乗り込んだ。男はタイミングをはかりつつ、おそるおそる動く一段を捕まえることに成功した。動く階段は徐々にその速度を増し、二人を地中深くへと導いてゆくのだった。

 三分間ほど動く階段に身を任せていると、目の前に大きな貯水池のような水たまりが現れた。階段は、どうやらそこまでのようだった。階段の終着点はコンクリートでできた円形の小島になっており、老婆はそこにピッタリとつけられているボートへと乗り込んだ。男もそのようにした。

 二人が乗り込むと、ただ座るだけでボートは勝手に動きはじめた。ハンドルもアクセルも一切なく、ボートは完全自動運転であるようだった。その動力がなんであるのかはわからないが、座席脇についたスピーカーからはそれらしいエンジン音が聞こえていた。ということはつまり、エンジン駆動ではないのだろう。男はそれを「音姫」のようなシステムとして理解した。何をかき消すための疑似エンジン音なのかはわかるはずもないが。

 思いのほか順調に進んでゆく船旅の先へ、やがて巨大な水門が出現した。近づけば門は自動的に開くものと思いきや、ボートが接近しても門が開く気配は一向にない。しかしそこへ突進する老婆にも焦りはなく、まもなくボートはニョッキリ屋根を生やし即座に潜水艇へと変形、そのまま門の下へと深く潜り込み、水中を潜行しはじめたのだった。

 ボート改め潜水艇でしばし水の中を行くと、その体は徐々に浮上し、再びコンクリートの島へと辿りついた。だがこの島は前の島とは明らかに別の島で、島の向こうには縦横無尽に動き回るベルトコンベアーのラインが広がっていた。

 浮上とともに潜水艇の屋根が開き、すっかりボートへと形を戻したその物体から島へと降り立った老婆は、そのままなんの迷いもなく目の前を流れるベルトコンベアーのラインに飛び乗った。そうなれば男もそのすぐ後ろに飛び乗るしかない。

 二人はベルトコンベアーに運ばれるまま、前、左、右、右、左、左、左、右と進んでいくと、またも別のコンクリート製の島へと辿りついた。辿りついたというよりは、ベルト上から放り出されたといったほうが正確かもしれない。

 老婆と男が行きついたその小島には、木を鉄で縁取った、いかにもそれらしい宝箱が意味ありげに放置されてあった。老婆はその前へしゃがみ込むとランタンを地面に置き、ポケットから取り出した鍵をその鍵穴に差し込んだ。そして開いた蓋の中へ、老婆が手を差し入れる。そこでつかんだ何かを、男の眼前に突き出して老婆は言った。

「はい、セブンスター三箱ね」

 男は三箱を受け取ってブリーフケースに入れると、財布を取り出してやや逡巡する様子を見せた。それを見て察した老婆がさらに言った。

「おや、ライターもご入り用かい?」

 二人は再びコンベアーに乗り、さらなる奥地へと冒険の旅に出た。


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耳毛に憧れたって駄目―悪戯短篇小説集 (虚実空転文庫)

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