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短篇小説「愚問の多い料理店」

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 料理をいただくというのは、ただ料理を食べるということではないらしい。わたしは先日訪れたある店で、その事実をこれでもかと思い知らされた。「家に帰るまでが遠足」と学校の先生が言うのなら、「食べる前が食事である」と今のわたしは言いたい。もし言えるとすれば、だが。

 その日のわたしは、オフィス街のランチタイムに蔓延る定番嗜好を打破すべく、根拠なき開拓者精神に燃えていた。サラリーマンやOLにとって、一時間のランチタイムとは休憩時間である以上に戦場である。なぜならば、その地域に働く誰もがほぼ同時刻に飛び出してくるからで、そのうえ明確な制限時間が設けられているからである。

 それゆえ必然的に、ランチで行く店は「いつもの店」になることが多い。未体験の店となると、行列にしろ料理が出てくるまでのタイミングにしろ、「時間が読めない」というのが大きなネックになる。だがそんな安全パイばかり選び取る生き方は、もう出世の望めない仕事だけでたくさんだ。わたしはこの日、そんな強い決意を胸に、その未知なる料理店へと飛び込んだのである。

 その料理店は少し変わった場所にあった。わたしの職場のあるオフィスビルの隣に変電所があり、その向こうに比較的大きな公園がある。公園の奥にはこぢんまりとした森林があり、その隅にはひっそりと軽食や玩具を扱う売店があった。

 二週間ほど前、わたしは会社近くの交差点で交通事故に遭い、公園の向こうの病院へ通っていた。幸い入院するような怪我ではなく、週二日程度の通院を繰り返すうち、三日前にその売店がいつの間にか料理店へと変貌していることに気づいたのだった。それ以来、わたしはどういうわけかその店が気になって気になって仕方がなかった。

 そして三日後、わたしはいよいよ森の奥の料理店へと勇み足で向かった。蔦の絡む店の前に「料理店」とだけ書かれた看板が立っていたのだから、そこが料理店であるのは疑いようもなかった。木製の扉を開けると、若さと冴えなさを兼ね備えたウエイトレスがすぐにやってきた。店内に客はわたし以外ひとりもいないようだ。食べ終わるのに時間がかかりそうになくてひと安心である。ウエイトレスは立ったままのわたしに、妙に良く通る声で質問を投げかけた。

「お客様は、ここへ何かを食べに来たのですか?」

 料理店でここまで根本的な質問をされたのは初めてだった。もちろんわたしは「はい」と答えた。すると立て続けに、ウエイトレスからの第二問が来た。

「お客様はひょっとして、おなかをすかせていらっしゃるのですか?」

 意図的にすかしているつもりはないが、基本的におなかがすいている人間が料理店に来るのである。だがもしかすると、何らかの事情でこの時間帯は軽食やドリンクしか出せないとか、そういうことなのかもしれない。あるいは大盛りが無料であるパンが食べ放題であるとか、そういったサービスを勧められるのかもしれない。いずれにしろわたしは素直に「はい」と答えた。その「はい」の二文字を言い終わらないうちに、早くも第三問が来た。

「お客様は、これまでに何かを食べたご経験はございますか?」

 生まれたての乳幼児ならまだしも、何も食べたことのない成人が生きているはずがないだろう。わたしは腑に落ちぬまま、「もちろん」と答えた。そしてこの問題から当然のように派生する第四問が来る。

「それは、どのようなものでしたか?」

 いろいろありすぎて答えようがない。もちろんわたしはそう思ったが、あるいは食物アレルギーや好き嫌いの心配をしてくれているのかもしれない、と思い直す程度にわたしは大人だった。相手の意図を巧みに汲み取り、先回りして「ああ、アレルギーも好き嫌いもないんで、なんでも大丈夫ですよ」と丁寧に返した。すると当然のように打ち返しの第五問が来た。

「いえ、食べられないものを訊いているのではなく、食べたものを訊いているのです」

 大人対応は求められていないようだった。

「ご飯とかラーメンとかパスタとか。あと肉とか魚とか野菜とかですかね」
 私はややイラつきながら、思いつく食べ物を羅列した。驚くべきことに、わたしは以上五つの質問に対し、すべて入口を一歩入ったところへ突っ立ったまま答えていたのである。

「あの、とりあえず座席に案内してもらってもいいですか?」

 私はすっかり座りたくなりすぎて、「席」ではなくわざわざ「座席」と言っていた。「座」にアクセントを置いて。

「それでは、続きはご着席いただいてからといたしましょう」

 意外にも、ウエイトレスは素直にこちらの要求を受け入れた。ただし、「続き」という言葉が気になったのは言うまでもない。空腹を抱えたまま迎えたそれからの時間帯は、もはや思い出したくもない地獄のような問答が続いた。わたしの答えはすべて「はい」であるため、ウエイトレスの質問だけを以下に抜粋する。 

 第六問「お客様は、飲みものと食べものの違いがわかりますか?」
 第七問「お客様は食事をする際に、何かしらの道具をお使いになりますか?」
 第八問「お客様は、咀嚼という作業をしたことがありますか?」
 第九問「お客様に、味覚という感覚はございますか?」
 第十問「お客様に、消化器官はございますか?」
 第十一問「お客様は、ナイフとフォークで人を刺さない自信がおありですか?」

 空腹と質問責めのおかげで、最後の質問には「いいえ」と答えたくもなった。しかしここまで来たらどんな料理が来るのか、食べるまでは意地でも帰れないと思い、わたしはこの質問にもやはり「はい」と回答した。

 そしてこの十一問目が終わるとウエイトレスはようやく厨房へと引き下がり、五分ほど待つと、見たこともない創作料理のフルコースが運ばれてきた。もちろん、ナイフとフォークもきっちり添えられていた。

 味は文句のつけようもなく、さらには完璧にわたし好みの味つけであった。あるいはあのまったく無関係に思えた十一の質問への回答が、この味に反映されているとでもいうのだろうか。

 わたしはすべての料理を平らげ、驚くほど安い会計を済ませると、最後にウエイトレスに訊いた。

「看板には『料理店』としか書いてなかったんですけど、このお店ってなんていう名前なんですか?」

 ウエイトレスはわたしの質問を、鼻先で笑いつつ答えた。
 
「お客様、それは愚問としか言いようがございません。当店の名称は、『愚問の多い料理店』でございます」

 わたしがすっかり腑に落ちたといった様子で微笑みを浮かべると、ウエイトレスは自信に満ちたトーンで、いかにも最後の質問といった感じで続く第十二問目を発したのであった。

「お客様、当店の料理はいかがでしたか?」

 思いがけず真っ当な質問に、わたしは少々面食らってしまった。しかしわたしはここぞとばかり、気の利いた答えを返す好機を掴んだ。

「こんな美味い料理は食べたことがない。それこそ愚問中の愚問だよ」

 わたしは料理の味だけでなく、この自らの回答にすこぶる満足していた。そして見事に会話を締めくくることに成功した手応えを感じながら、わたしは店内全体に向けて「ごちそうさま」と声を放ち、ドアを開けて立ち去ろうとした。その時わたしの背中に、思いがけずウエイトレスから、今度こそ最後の第十三問目が投げかけられたのだった。

「お客様は、生きていらっしゃるのですか?」


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