泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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「新語流行語全部入り小説2017」

 ある金曜の夜、営業課長の栄村富夫が取引先の社長と猛烈にインスタ映えする最高級天ぷらを食している間に、デーモン閣下の娘(魔の2回生)であり彼の妻であるポスト真実(まみ)は、毎晩のように経費で遊びほうける夫に愛想を尽かし実家(地獄)へと帰還してしまったのであった。

 この人生最悪の日について、ことあるごとに最高級天ぷらの味とともに思い出す富夫はこれを「プレミアムなフライを食べた日=プレミアムフライデー」と名づけたがそんなことはどうでも良い。問題は、妻の真実が富夫との間にもうけた銀座生まれの六つ子を残していってしまったことである。

 祖父の才能が隔世遺伝したのか、六つ子はのちにGINZA SIXというバンドを結成。派手なメイクと過激な歌詞を前面に押し出した炎上商法によりそこそこのヒットを飛ばすものの、地獄由来の危険思想と六つ子の現実をアウフヘーベンした楽曲「空前絶後刀剣乱舞ハンドスピナー」の反社会的な歌詞とパフォーマンスが波紋を呼ぶ。

 問題の楽曲は悪魔の格好をした六つ子が巨大な刀や独楽を振り回しつつ、現政権の政策ひとつひとつに対し「ちーがーうーだーろー! ちがうだろ!」と叫ぶことで断固たる対決姿勢を表明するというもので、この曲により彼らは共謀罪で逮捕されることになるのだが、それはまた別のお話。

 さて、一夜にしてシングルファーザーとなった富夫に容赦なく襲いかかった喫緊の課題は、むろん六つ子の育児をどうするかということである。世の中では働き方改革などと叫ばれてはいるが、もちろん現実はそんなに甘くない。それがさらに働く父親による六つ子のワンオペ育児となればなおさらである。さらに家には、妻が地獄の番犬として育てた2匹のけものフレンズまでいる。

 何度か人事部との話し合いの場が設けられ、富夫は出世と引き替えに定時で帰れる部署へ異動させてもらうことになった。しかしそれだけで楽になるほど六つ子の育児は甘くない。仕事から帰っても家事と育児でとにかく寝る暇がなく、睡眠負債がどんどん溜まっていった。

 しかも小学生の六つ子たちは、毎晩もれなくふとんに鮮やかな線状降水帯を描いた。早起きして六枚のふとんをベランダに干しまくるという、思いがけぬ重労働からシングルファーザー富夫の一日は始まる。子供のおねしょには、ふとんに対しても父に対しても一切の忖度がなかった。六つ子は容赦なく、六つ子ファーストなライフスタイルを父に求めた。

 富夫は時に思った。妻は地獄へ帰ったというのに、これでは残された俺のほうが地獄にいるみたいじゃないか。

 まずは自らの睡眠を改善しないことには、本当に死んでしまうような気がした。来たるべき人生100年時代に、これではその半分も生きられないかもしれない。この家に限っては、時はむしろ「人間50年」の戦国時代であった。

 慣れない日々の育児ストレスからか、富夫はふとんに入ってもなかなか寝つけなかった。睡眠の「量」を確保することが無理ならば、せめて「質」を高められれば。彼はネットで快眠法について調べるうち、ひとりのユーチューバーが勧める画期的睡眠法へと辿りついた。それがのちに一世を風靡する「ひふみん(皮膚眠)」である。

 ひふみんとはつまり、人と人とが皮膚と皮膚をくっつけて眠るということである。「人は多くの人と肌を寄せ合って眠るほど深い眠りに至る」というのがひふみんの根本思想であった。動画では幼い三兄弟が川の字で寝ていた。幸い彼には六つ子がいる。さらに倍である。富夫は篠沢教授に思いを馳せた。

 その日から富夫と六つ子は全員全裸で肌を寄せあって眠ることにした。すると悪かった富夫の寝つきもすっかり改善され、10秒の壁を破りふとんに入って9.98秒で眠ることができるようになった。と同時に、四方八方からおねしょが容赦なく飛んでくるというデメリットも当然のようにあった。

 教育は、自然と学校まかせになった。だが子供たちも、うんこ漢字ドリルだけは家で父とやりたがった。そして不思議なことに、うんこ漢字ドリルをやった翌朝には、六つ子のおねしょがピタリと止むのだった。むろん、やらなければ出放題である。因果関係は不明だが、うんこ漢字ドリルは彼にとってその場しのぎの救世主となった。

 やがて六つ子は音楽の道へと進んでゆくことになるが、実はその父親である富夫にも、ミュージシャンを目指してバンドを組んでいた学生時代があった。彼はその昔TMネットワークの大ファンであり、自らもそのコピーバンドをやっていたほどで、もしうつヌケ、つまりヴォーカルの宇都宮隆が脱退するようなことがあれば、いの一番に新ヴォーカリストに立候補してやろうと狙っていた。

 しかしそんな折に入ってきたのは、TMNではなくチェッカーズから藤井兄弟が抜けて解散したという藤井フィーバーの報であった。富夫もまた、のちの息子らが歌ったのとまったく同じトーンで、このとき「ちーがーうーだーろー!」と叫んだという。うつヌケは彼の中だけのフェイクニュースに終わった。

 そんな父親がある年、息子たちに贈ったクリスマスプレゼントが、彼らを音楽に目覚めさせるきっかけを作ったのかもしれない。それはかの名曲「愛のメモリー」だけを流し続けるAIスピーカーなる最新鋭の商品で、それ以外の音源は一切再生できないにもかかわらず、全世界で35億台の売り上げを記録している。

 時を経て六つ子がヒットを飛ばし逮捕されやがて保釈され帰宅したその夜、そんなAIスピーカーから突如けたたましいJアラート音が鳴り響いた。妻が地獄から帰ってくるのかもしれない。

新語・流行語大賞2017 候補語一覧》
アウフヘーベンインスタ映え/うつヌケ/うんこ漢字ドリル/炎上○○/AIスピーカー/9.98(10秒の壁)/共謀罪/GINZA SIX/空前絶後の/けものフレンズ/35億/Jアラート/人生100年時代/睡眠負債/線状降水帯/忖度(そんたく)/ちーがーうーだーろー!/刀剣乱舞働き方改革ハンドスピナー/ひふみん/フェイクニュース/藤井フィーバー/プレミアムフライデーポスト真実魔の2回生/〇〇ファースト/ユーチューバー/ワンオペ育児

※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語30個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機のみで書かれたフィクションです。


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