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短篇小説「死ぬのは面倒」

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喪之彦は樹海の中にいた。人生に絶望した男は、ひっそりと自ら首をくくるための死に場所を探し歩いていた。とにかく丈夫な木を探す必要があったが、そんなものは樹海にはいくらでもあった。喪之彦は幹だけでなく枝まで太く頑丈な木を選ぶと、さっそくそこにリュックの中から取りだした「縄丸くん」を取りつけにかかった。

首つりに縄が必要なのはもちろん知っていたが、喪之彦は縄できっちり輪っかを作ることができるか不安だったので、あらかじめ輪っか状に拵えられた便利グッズ「縄丸くん」を通販で買っておいたのである。ちょっと引っ張るだけで輪っかのサイズも自分用にアジャストでき、枝への取りつけも挟み込むだけでラクラクなすぐれものである。

にもかかわらず通販サイトのレビューに評価がついていなかったのは、おそらくみんな結果的にちゃんと死ねているからだろう。死んでからの書き込みができないのが、商品レビューというシステムの最大の弱点かもしれない。

しかしもちろん、それを普通に手の届く高さに取りつけても意味はないわけで、なんとかして手の届かない位置にセッティングする必要がある。そこで喪之彦がリュックから取り出したのが、折りたたみ式台座「台フォーユー」である。折りたためばぺったんこになってリュックに収まるので持ち運びに便利なうえ、台座としての高さと強度も申し分のない逸品だ。足を乗せる面にはポップなドクロマークがプリントされていて、商品から伝わってくるメッセージ性も申し分ない。

あとは「縄丸くん」の輪っかに首をはめて、良きところで「台フォーユー」を蹴り倒せばミッションコンプリートである。しかしいざ死ぬとなると、案外やり残したことが気になりはじめるもので、喪之彦はそういえば遺書をまだ書いていないことに気づいた。

そんなこともあろうかと思い、喪之彦がリュックの中に用意していたのが、やはり通販で手に入れた最新型電子遺書「ファイナルワードⅡ」である。正直なところ手書きがベストであるようにも思われるし、そうでなければスマホのメモに書き残すくらいでも良いのかもしれない。とはいえ今どき手書きは面倒だし、スマホだとどこに書いてあるのか探すのが野暮だというのもあり、うまく中間的なニーズをすくい上げた商品として近ごろ売り上げを伸ばしているらしい。

電子遺書に収められている文例も豊富なため、ちょっとポエティックな感じで行こうか、それともシンプルにさよならの言葉だけを綴るべきか、どんなニュアンスでいこうかと考えていると、「もしかして遺書よりもダイイングメッセージのほうが格好いいんじゃないの?」という気分に喪之彦はなってきた。

そして彼は何しろ準備の良いグッズマニア。子供のころから万全の準備でテントに寝袋まで持って日帰りの遠足に臨むタイプだった喪之彦は、万が一そんな気になった場合に備えて、もちろんダイイングメッセージ作成用の赤い墨汁「血のりちゃん」とダイイングメッセージ専用筆「おくりびと(極太)」をリュックに仕込んであるのだった。

しかしいざ「おくりびと(極太)」を手に取りダイイングメッセージを書く段になると、なかなかそれを書きつける場所がないことに喪之彦は気づいた。ちょうど良い小屋の白い壁面でもあればいいのだが、あいにくここは樹海の真っただ中、そう都合よく見つかるものではない。喪之彦はとりあえず「縄丸くん」「台フォーユー」「ファイナルワードⅡ」、そして「おくりびと(極太)」と「血のりちゃん」をすべていったんリュックにしまい、さらなる樹海の深奥へ白壁探しの旅に出た。

どれくらい歩いただろうか。薄暗い森の中、時間の感覚もわからなくなるほどに彷徨った喪之彦は、ようやく古びた木製の小屋を発見したのだった。これでようやく死ねる……そう思った彼の胸の奥底には、皮肉にもこれまで逃げ続けてきた人生では味わったことのない達成感と充実感のようなものが湧き起こっていた。

だがもう後戻りすることはできない。何しろスーサイドグッズをすでに5つも買い込んでしまっているのだ。喪之彦が意を決して小屋へと足を踏み入れると、その内壁はまるで筆を誘うように真っ白く塗られており、さらに天井付近には、これまたちょうど良い高さに丈夫な突っ張り棒が設置されていた。

いよいよ時は来た。リュックから5つの道具を取り出そうとしゃがんだ喪之彦の視野に、床に置かれてある小さなダンボールの箱が目に入った。それがどうしても気になったのは、その箱にプリントされているロゴが、喪之彦がいつも利用している大手通販サイトの見慣れたものだったからであった。

あるいはここに、さらに便利なスーサイドグッズが入っているかもしれない。そんなはずはないと思いながらも、その箱の入手場所とタイミングに何かしら運命的なものを感じた喪之彦は、やや怯えながらもそのダンボールを開封した。

中から姿を現したのは、卵のようで卵でない、メトロノームのようでメトロノームでない、ドローンのようでドローンでない、ブリスターパッキングされた得も言われぬ形状の商品であった。商品の台紙にはただ商品名だけが書いてあり、使用法や効能を示す文言などは一切なかった。

そこに明るくポップな書体で書かれていた商品名は、「生きるくん」。パッケージを開けてその謎の物体を手にした喪之彦は、急に自分がなぜ死にたかったのかがわからなくなってきたように思われはじめたのだった。あるいは最初から、死にたい理由など何もなかったのかもしれない。

その「生きるくん」の効果なのだろうか。喪之介はまもなく死ぬことがどうにも面倒に感じられ、再び生きることを決意して樹海を脱し日常生活へと無事回帰することとなったが、ただ生きているだけで幸せかといえばそれはまた別のお話。


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