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《虚空人名辞典》―日焼田海男

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日焼田海男(ひやけだ うみお、1967年8月10日-)は、漁師、演歌歌手、ライフセーバー、UVアナリストである。千葉県山武郡九十九里浜町出身。株式会社サンバースト・カンパニー代表取締役社長。

・愛称はその日焼けした肌の黒さから、「ノドグロ」「おこげ」「備長炭」。本人は大好物でもある「ノドグロ」という愛称が特にお気に入りだが、その話題になると決まって「俺はノドグロと違って、喉だけじゃなく全身黒いよ」と豪語する。ちなみにゴハンは柔らかめが好きなので、おこげは大の苦手である。

・中学を卒業後、地元・九十九里でヤンキーの先輩に誘われて漁師になる。18歳のとき、たまたま九十九里にグルメロケに来ていた紅白演歌歌手・大道寺昴に見込まれ、弟子入りと同時に上京。漁船上で日焼田が大道寺に網の使い方を教えていたところ、「おいお前、いい声してるな。ちょっと歌ってみろ」と言われ、日焼田は即座に大道寺の名曲「酒しぐれ」を船上で朗々と歌い上げた。実のところ歌唱力はイマイチであったが、迷わず堂々と歌ったその度胸を買ったと、のちに大道寺はニコニコ動画の番組『昴のニコニコ大放送』で語っている。

・大道寺の付き人を8年間務めたのち、26歳のときにデビュー曲「船酔い讃歌」をリリース。しかしやはり根本的な歌唱力が不足していたためか、演歌歌手としてはヒットに恵まれず、29歳で地元・九十九里へ帰郷、ライフセーバーへと転身する。このとき漁師に戻るのではなく、ライフセーバーを職業に選んだのは、「泳いでいる魚をさらうよりも、溺れている人を助けたい」との気持ちからであったと、雑誌『ライフセーバーズ・ハイ』の独占インタビューで語っている。

・しかしライフセーバー転身後、日焼田の興味は徐々に「人助け」から「日焼け」そして「日差し」へと移行してゆく。その理由として日焼田は、「ライフをセービング、つまり滅多に現れぬ溺れる人を助けている時間よりも、海を眺めて日差しを浴びているだけの時間のほうがはるかに長い」というライフセーバーの職業特性を挙げている。

・日々高まり続ける日焼けへの激しい興味から、日焼田は海辺で日焼けをするだけでは物足りなくなり、仕事帰りに日焼けサロンへ通う日々が続く。やがてそうして日サロ通いを続けるうちに、焼かれる肌の側よりも、焼く側の紫外線への興味が上回るようになり、UVに関しての書籍を読み漁るようになる。

・現在は日本初の「UVアナリスト」を名乗っているが、その詳細は不明である。

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