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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

「揺れながら落ちる寿司」

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「回転寿司は、どうして回っているの?」

街道沿いにある全国チェーンの回転寿司店内に、男の子の素朴な疑問が響きわたった。タッチパネルで注文するタイプの大型店であるため握り手の姿は遥か遠く、その問いかけは届くはずもない。少年の左隣に座っている母親は、ガリをつまみながら趣味の押し花のことばかり考えている。疑問はすっかり空中分解するかと思われたところに、少年の右隣でスポーツ新聞を広げながら寿司をパクついている中年男性が救いの手を差し伸べた。

「よく見ろ坊主、寿司本体は回ってなんかいないぞ!」

たしかにその通りだった。回っているのは寿司を載せたレール、いや寿司を載せた皿を載せたベルトコンベアーの道筋であって、寿司本体は皿の上でびくともしていない。少年はリンゴを見たときのニュートン、卵を見たときのコロンブス、楽屋にレモンを見つけたときの『ザテレビジョン』表紙俳優のような気持ち、つまり歴史的発見をした科学者のような気持ちになったと言えるが、彼はまだそれらの事実を知識として持ちあわせていなかったため、それが以上3つのうちどの気持ちにもっとも近いのかを正確に把握することは不可能であった。

「それじゃあ回転寿司じゃなくて無回転寿司じゃないか。回転寿司の嘘つき!」

少年はそう叫ぶと、ちょうど目の前を通り過ぎようとしていた皿の上に載った大トロ二貫のうち一貫を口に放り込み、店の外へと勢いよく飛び出していった。母親がそのあとを追い、少年にアドバイスを贈った男は、積み荷の半分を奪われたままベルトの上を不安定に進んでゆくカラフルな皿を見つめていた。半身を奪われバランスを失った皿は、端に残された一貫の重みによりしばし揺れたのち、ベルト上のコースを外れて床へ落下。鋭角的な破砕音と粘着質な着地音を店内に響かせた。これにて母子の食い逃げ作戦は見事に成功とあいなったのである。

「やはり無回転。揺れながら落ちる、か……」

男の脳内には、椅子から意図的に転げ落ちる桂三枝改め桂文枝の姿が、浮かんでは消えた。

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