泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

悪戯短篇小説「オノノミクスの神対応」

雪の予報を裏切って晴れ渡った真冬の午後、大学の神サークルの先輩に、川沿いの喫茶店へと呼び出された。割のいいバイトがあるという。先日新しい十字架のシルバーアクセを買ったばかりで、ちょうど今月ピンチだったので二つ返事で赴いた。

電子音により威厳を剥奪された賛美歌のインストゥルメンタルVer.が、店内にうっすらかかる喫茶店。先輩は白く豊かな袖を面倒くさそうにたぐり寄せながら着席すると、コーヒーを神々しく飲みながら一枚のビラを差し出した。そこには、「斧を渡すだけの簡単な仕事です!」と書いてある。

「ちょっと俺、仕入れで中国いかなきゃなんなくて。代役頼みたいんだよね、一週間」
「あ、やっぱ中国製なんすね、今どきは」

僕はあえて芯をはずした返答をすることで、様子を伺うことを選んだ。仕事の内容がさっぱりわからない。わからないほうが良いのかもしれない―という疑問が眉間の皺に浮かんでいたようで、先輩はこちらの戸惑いを悟ったように、慌てて話を続けた。

「あぁ、簡単簡単! とりあえず川沿いの小屋で待ってて、誰かが川に斧を落としたら木の陰からそっと川に潜り込むわけ。それからいかにもずっと川の中にいました、って感じでザバーっと顔出して、チャチャっと斧渡して、あとは決まったこと言うだけ。あ、声のトーンだけ気をつけて。なるべく神っぽく、ね」

翌日、僕は川の神になった。まずは川沿いの小屋で、ひたすら待つ。とはいえそこにはテレビも漫画もスナック菓子もエアコンもあるから特に辛いことはない。Wi-Fiも飛んでいる。先輩から僕は、ただひとつの台詞だけを仕込まれていた。あとはその言葉を徐々にエスカレートさせていけば良いとのこと。寝転んでテレビを観ていると仕事をしてるっぽい雰囲気が出ないので、時おり発声練習などしてみる。声を出していないと寝てしまう。

「ザッパーン!」

昼過ぎだった。川に金の斧が投げ込まれたのは。なぜ現場を目撃してもいないのに、音を聴くだけで投げ込まれたものが間違いなく斧、しかも金の斧だとわかるのかと問われたら、「僕が神だから」としか答えようがない。神とは、「なんとなくの雰囲気で物事が明確にわかる者」のことである。

賽=斧は投げられた。僕は一本の斧を持ってそっと小屋を抜け出し、木の陰からこっそり川に潜り、斧の落とされた場所へ到達。それが間違いなく金の斧であることを確認してから、大袈裟に川面を突き破って浮上した。ちょうど目の前の川岸には、貧しそうな中年男性が呆然と立っていた。なぜこのボロ雑巾を纏ったおっさんが金の斧など所有しているのか納得がいかないが、僕は神なので、男の目を見ればそれが盗んだものでないことはわかる。しかし相手が誰であろうと関係ない。僕はあらかじめ持っていた斧を高々とかざし、決められた台詞を言うだけだ。

「そなたが落としたのは、このプラスチックの斧ですね」

これが僕に用意された台詞のすべてだった。あとは少しずつ断定の度合いを強めることで、相手を追い込んでいけば良い。

「あ、いや、おらが落としたのは金の、ピッカピカの金の斧でごぜえますだ」

男は当然のように反論してきたが、こちらに用意された答えがたったひとつであることに変わりはない。この者が落とした金の斧は依然として川底に沈んでいる。僕は喉仏の位置を下げ、先ほどよりさらに神っぽくなるよう気をつけて言った。

「そんなはずはなかろう。そなたが落としたのは、このプラスチックの斧で間違いないな」
「いやいや、んだから金の斧だって、さっきから申し上げてまさぁ」

それなりに歯ごたえのある敵のようだ。いや敵ではないが味方でもない。

「黙れ外道! そなたが落としたのは、この見ようによっては金に見えなくもない、それでいて軽量で非常に使いやすい、そして万が一子供が振り回しても誰も怪我させることがないほどに安全性抜群の、切れぬこと以外には何ひとつ問題の見当たらない、つまりほぼ完璧といっても過言ではないプラスチックの斧に決まっておるな!」
「…………へい」

客を説得するためならば、多少のアドリブは許されている。そう、先輩は川に斧を落としてくる者を「客」と呼んでいた。つまりこれは「人助け」などではなく、れっきとした「商売」なのである。バイト料が出るのは、これが「商売」だからである。たとえそれが悪徳商法であったとしても。

金や銀の斧を入手し、代わりにプラスチックの斧を渡す。なんと効率の良い商売であろうか。たとえ投げ入れられたのが標準的な鉄の斧であっても、確実に利益が出る。先輩が中国へ飛んでいるのは、向こうの工場からこの安価なプラスチック製の斧を手に入れるためである。

川沿いには、あえて木こりたちを誘うように、手頃な樹木がズラリと植えてあった。だがそれら樹木の表面には特殊樹脂によるコーティング加工が施されており、そのせいで斧の刃は木の皮に食い込まず、表面を滑るようにできている。すべては斧を川に落とさせるための工夫であり、そこにビジネスチャンスを見出した先輩の発案によるものである。いま先輩には、世界中のビジネスパーソンと警察から熱い視線が注がれている。

むろん、このような無茶な商売ができるのも、我々が神だからこそである。川底から浮かび上がってきた者が神でなかったら、斧を落とした輩は、どこまでも粘り強く交渉を続けることだろう。

しかし一方で、「神が折れる」などということはけっしてありえないということを、万人が知っている。神は絶対的なものであり、簡単に意見を変えたり、ましてや嘘をついたりなどするはずがないと思い込んでいる。いわばその固定観念こそが、人間に反論を、金の斧を諦めさせるのである。真の「神対応」とは、このように至極残酷なものである。先輩はそこにたしかなビジネスの匂いを嗅ぎつけ、「プラスチックの斧」という「ソリューション」を発見した。われわれ神のビジネスも、いよいよベンチャーの時代に突入したようだ。

これが近ごろ全国各地のリバーサイドで大流行し、「オノノミクス」とも「平成の刀狩り」とも言われる最新型犯罪「オノオノ詐欺」の実態である。

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