泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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新語流行語全部入り小説2015

秘技アゴクイ切れ目のない対応結果にコミットする上級国民プロ彼女と、風呂上がりに全裸で腰を屈めた五郎丸ポーズで「安心して下さい、穿いてますよ。」と言いつつ毎度穿いてない、というルーティンを繰り返す自称ミニマリスト下級老人との恋愛関係は、夜空に輝くスーパームーンのもと未曾有の存立危機事態を迎えていた。

男女の組み合わせに謎は多い。そもそも、金とプライドに生きるプロ彼女である朱美が、なぜあえて金なし髪なし歯なしのトリプルスリーを達成している下級老人の謙さんを恋人に選んだのか。その点に関して、いまだ国民の理解が深まっていないのは間違いなかった。本人にもわからないのだから仕方ない。恋愛においてはそのようなレッテル貼りの通用しない不可思議な領域が確実に存在する。

そもそもふたりの恋は真剣白刃取りから始まった。いま流行りの刀剣女子である朱美は、ある日北陸新幹線に乗り、金沢城で開催されている名刀展を観に訪れた。金沢の街には江戸時代にここを治めた前田家のエンブレムが踊っていた。

粛々とした空気に包まれた城内を、朱美はガラスケースの奥に光る刀剣の鈍い輝きに魅せられつつ歩いた。城内には数人の客しかいなかった。やがてその静寂を切り裂くように、突如謎のモーター音がうなりをあげて近づいて来るのを感じた。

ドローンだ!」

客のひとりがそう叫んだ。1台のドローンが、どこからか侵入してきたようだった。朱美以外にいた数人の客も、その声をあげた主も、皆いつの間にかその場から消えていた。逃げ遅れた朱美にドローンが接近してくる。よく見るとドローンのプロペラ1枚1枚には、それぞれ刀がくくりつけられている。そのプロペラの刀が、ガラスケースに接触するたび火花を散らす。

こんなことなら、こないだ行った合羽橋で青銅のシールズ(盾)を爆買いしておくんだったわ。やっぱり道具はなんでも合羽橋で買うに限るわね。朱美はそんな自分の準備不足を少し後悔したが、あのときは上司からのモラハラと重度の福山ロスでそれどころではなかったのだ。朱美は眼前に迫り来るドローンを前に、すっかり腰を抜かして動けない自分に気づいた。朱美は目をつぶり、精いっぱい念じた。声は出なかった。

「誰か、助けて!」

目を開けると、警備服を着た老人男性の後ろ姿があった。老人は驚くべきことに、拝むような両手の間に、ドローンのプロペラについた刀をすっかり挟み込んでいた。城内の片隅にあるカフェでサードウェーブコーヒーを飲みながら寛いでいた休憩時間の警備員・謙さんが、城内の異変を察知して駆けつけ警護に来てくれたのだった。ドローンはそのまま、老人の手によりねじるように床へ叩きつけられインバウンドした。その瞬間、朱美のラブがライブしはじめた。つまり朱美はラブライバーになった。伝説の真剣白刃取りを目の前で見せられては、刀剣女子はひとたまりもない。

しばし互いを気遣うふたりのもとへ、ひとりの外国人観光客が話しかけてきた。

"Are you the Prime Minister?"

どうやらこの外国人は、謙さんの警備服を軍服だと思い込み、さらには国の総司令官だとまで思い込んでいるらしい。

"I am not ABEI AM KENJI."

謙さんは案外流暢な英語で返答した。観光名所の警備員だけに、外国人観光客には慣れている。

「われわれアメリカ人、テロに屈しないね! だからアベ政治を許さないは駄目ね! でもなんか自民党、感じ悪いよね。そしてわたしの名前は、マーティン・フレネミーね!」

訊いてもいないのに自分の名前をわざわざ名乗ったわりには、まだ謙さんのことを安倍総理もしくはその側近だとでも思っているらしかった。そのハイテンションな目の輝きを見る限り、「一国の首相が体を張って一般市民を守った」といういかにもアメリカ人好みのストーリーを脳内に描き出しているようだ。

フレネミーの差し出した手を謙さんが適当に握り返すと、それですっかり満足した彼は逃げるようにその場を立ち去った。「まさか奴が犯人では?」と謙さんは一瞬思ったが、この外国人と入れ替わるように、早くもニュースを嗅ぎつけた報道陣が押し寄せてふたりを完全に取り囲んでしまったため、それどころではなかった。しかし20人ほどいる記者たちは、互いの様子を伺うばかりで、ふたりにマイクを向けたままひとことも発しない。

早く質問しろよ!」

しびれを切らした謙さんが記者たちを叱咤すると、記者たちは揃って知らんぷりをした。これではらちがあかないので、謙さんは記者たちの胸にある名札を読み上げてひとりずつ指名することにした。
「え〜、よみうり、大介!」「あさひ、一郎!」「さんけい、京子!」「まいにち、修造!

中でも、まいにちの修造記者が厄介だった。事件とはまったく関係のない戦争法案大阪都構想に関する質問などを投げかけた挙げ句、適当な精神論を振りかざしては「はい、論破!」と言って思い切りラケットを振り抜くのである。そう、彼は右手にマイクを、しかし左手にはなぜかテニスのラケットを所持していた。

それはやがて記者同士による、事件とは無関係な論破合戦に発展し、その隙を突いてふたりは城内の食堂へと逃げ込むことに成功した。朱美はおにぎりを頼み、謙さんは調子に乗ってわんこそばにチャレンジすることにした。

店の女主人がやってきて、謙さんのお椀に次々とそばを放り込んでいく。歯のない謙さんは、そのペースにとてもついていけない。

「早く食べなさい、あったかいんだからぁ

これが世に言う「オワハラ」、つまりお椀ハラスメントか、と謙さんは思った。

「百杯食べたら、あたしのマイナンバー教えたげるよ!」

どうやらこの女主人にとってのマイナンバーとは、電話番号のことらしかった。ならばむしろいらない。

「ちょっと待って! ちょっと待って!」

謙さんがそばを喉に詰まらせながらそうお願いしても、女主人は「なに言ってんだい、ラッスンゴレライじゃないんだから!」と切り捨て、その手をいっこうに休めてはくれない。

いっぽうの朱美はおにぎりの中に入っている具材に気に入らないものがあったらしく、全部手で開いて爪の先で具を選別する作業に没頭していた。結果、おにぎりはおにぎらずになった。

女主人のオワハラが終わり、すっかり満腹になったところで、謙さんはさらにとりまを注文してあったことに気づいた。「とりま」というのはつまり焼き鳥の「ねぎま」のことなのだが、女主人の解釈ではねぎではなくとりのほうが主役なのだから「ねぎま」ではなく「とりま」と呼ぶべきだとの思いから、メニューにはそう記しているとのことだった。しかしこれだけのオワハラを受けた後に、いったい何が胃に入るというのか。

謙さんは女主人を呼びつけ、「とりま、廃案!」と、ちょっと大仰な感じで言ってみた。

「ウチは白紙撤回なんて許さないよ!」

当然のように速攻でとりまが出てきた。謙さんは泣きながらとりまを食べた。

そんな恋のスタートから半年が経った今夜、ふたりは映画館に来ていた。朱美がどうしても『劇場版ドラえもん』の新作を観たいというので、謙さんが上映館を調べて待ち合わせをした。だが謙さんが時間通り映画館前到着すると、昂ぶる気持ちを抑えられず先に来ていた朱美は、なにやらぶつくさ言いながらカウンター前を右往左往しているのだった。

ドラゲナイ! ドラゲナイ! ドラゲナイじゃないの!」

「ドラゲ」とはもちろん、『劇場版ドラえもん』のことである。朱美はなぜか、大好きな作品のことを幼少期からそう略していた。つまり「ドラゲナイ」とは、「『劇場版ドラえもん』がやってない」ということを言っている。もちろん誰にも通じない。

そう、『劇場版ドラえもん』の上映期間は、すでに終わっていたのである。謙さんは日付をちょうどひと月間違えて調べていたのだった。それがふたりの別れを決定づけた。たったそれだけのことが。

そんな年の差カップルの恋模様に、1億総活躍社会の夢を見るか、絶望を見るか。それはあなた次第である。


新語・流行語大賞候補語一覧》
爆買い/インバウンド/刀剣女子/ラブライバーアゴクイ/ドラゲナイ/プロ彼女/ラッスンゴレライ/あったかいんだからぁ/はい、論破!/安心して下さい、穿いてますよ。/福山ロス(ましゃロス)/まいにち、修造!/火花/結果にコミットする/五郎丸ポーズ/トリプルスリー/1億総活躍社会/エンブレム/上級国民/白紙撤回/I AM KENJI/I am not ABE/粛々と/切れ目のない対応/存立危機事態/駆けつけ警護/国民の理解が深まっていない/レッテル貼り/テロに屈しない/早く質問しろよ/アベ政治を許さない/戦争法案/自民党、感じ悪いよね/シールズ(SEALDs)/とりま、廃案/大阪都構想マイナンバー/下流老人/チャレンジ/オワハラ/スーパームーン北陸新幹線/ドローン/ミニマリスト/ルーティン/モラハラ/フレネミー/サードウェーブコーヒー/おにぎらず

※本文中には、新語・流行語の意図的な誤用が含まれております。各自正しい意味をお調べになることをお勧めします。
※この小説は、新語・流行語大賞の候補語50個すべてを本文中に使用するという、きわめて不純な動機のみで書かれたフィクションです。

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