吉野家店内のお持ち帰りカウンターで牛丼を頼み席に座ると、有線でレミオロメンの「粉雪」がちょうど流れはじめた。
しばらく待つと牛丼が出来上がってきたので受け取って出口に向かうが、「粉雪」はまだサビに辿りついていない。しかし僕は「粉雪」を待つわけにはいかないのだ。なぜならば今は粉雪より牛丼が食べたいからである。まして粉雪は普通の雪よりも固まらないぶん食べにくい。
「粉雪」はサビ直前の「むなしいだけ」というフレーズを文字通りむなしく残して耳から消えた。「粉雪」のイントロには、ちょうどそれくらいの長さがあるということだ。吉野家の牛丼が出来るまでの時間は「粉雪」のサビまでの時間に等しい。歌としては長いが調理時間としては短い。
あるいは吉野家サイドが、「粉雪」を達成目標として設定しているのかもしれない。あの「粉雪」は有線などではなく、牛丼の注文を受けた時点で「粉雪」のCDを店員が再生し、サビに到達する前にお客さんに出さなければならないという合理的なシステム。キッチンタイマーとしての「粉雪」。
音楽には様々な効用があるが、これだけ実用的な音楽の活用法は初めて聴いたかもしれない。聴いてないかもしれない。間違いなく聴いてない。
「早くお作りしないと、お客様の牛丼が粉雪のように冷えきってしまう!」
そんな強迫観念から、「こな〜ゆき〜」と言われる前に速攻で牛丼を作り上げる。これぞプロ根性である。プロフェッショナル仕事の流儀である。そのような流儀は存在しない。
おかげで帰り道は頭の中を「こな〜ゆき〜」がぐるぐる回って大変なことになった。それでも牛丼は温かかった。