泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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悪戯短篇小説「使えない理由」

道ばたに佇む男がいる。男は見たところ何もしていないが何かを待っているような顔だけはしている。その手にステッキを握っているのも、なぜかしら何かを待っているような印象を通行人に与えている。だが男は本当に佇んでいる。男は何も待っていない。純粋に佇んでいる。世界一佇んでいるといってもいいくらいに佇んでいる。本当になんの用事もなくそこにいるのだ。

やがて男の後ろに女が来る。だが女は男に話しかけるわけではない。やはり佇んでいるだけだ。だがこの女には、ひとつ目的があった。だからこの女は、純粋に佇んでいるとは言えない。普通の人間は、目的がなければ立ち止まったりしないものだ。そういう意味で、この女は残念ながら普通の人間だった。

その後ろには男が来て男が来て女が来た。そうやって佇む人は道沿いに連なってゆくが、残念ながら純粋に佇んでいるのはやはり先頭の男だけだ。それ以外の佇む人たちは、舌打ち、地団駄、キョロキョロと、見るからにイライラしていた。なぜならば彼らには目的があったからだ。イライラするのは、目的がある人間だけなのだ。さらに何人もの男女が来て、道ばたに立派な行列が完成した。先頭の男は当初から何の苦もなく落ち着き払っている。本当の佇みを見せつけるように。

そうして先頭の男以外がイライラを限界にまで高めきったところで、先頭の男がおもむろに歩き出す。その場に佇んでいた他の連中の顔に、困惑の表情がいっせいに浮かぶ。だが彼らは依然としてイライラしながらも、その場に居続けることを選んだ。私ももう少しだけそこで待とうと思った。その少しがどんどん積み重なって、少しはやがて少しではなくなった。

もはやその場から離れるのには、大きな勇気が必要だった。何しろその場を後にするきっかけというのが、どこにもなかったからだ。私は先頭の男が、何をきっかけにこの場を離れたのか、それが不思議でならなかった。しかし先頭の男には、もちろん立ち去るのに何のきっかけもいらなかったのだ。なぜなら彼には目的など最初からなかったのだから。

そうして道ばたに佇む目的ある人々は、三時間ものあいだその場に立ち尽くすことになった。バスはついに来なかった。

「というわけなんです部長」

私は上司に遅刻の理由をそのように説明した。嘘はひとつもなかった。しかし部長は次のような台詞を繰り返すばかりで、いっこうに信じてはもらえなかった。

「長いのがあるだろう。バス停ならばあの長いのがあるだろう!」

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