泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

悪戯短篇小説「不向き村」

花粉症の木こりが木を伐っている。その木の枝には高所恐怖症の猿がいて、猿の目線の先に広がる海には、ビート板で泳ぐ海兵隊が大量に浮かんでいる。全員が全員、ビート板なしでは泳げないのだ。

海兵隊のひとりがビート板から手を滑らせ溺れかけると、これまで誰にも聞き取れたことがないほど声の小さな、つまり教官には向いていない教官が海兵隊全体に彼を助けるよう指示を出すが、もちろんその声は誰にも届かず波に飲み込まれる。溺れかけた海兵に気づいているのは木の上の猿だけで、この猿は泳ぎが何よりも得意でバタフライすら可能だが、それ以前に木から降りることができずいっぱいいっぱいだ。

なぜそんな猿が木の上に登ることができたのか気になるところだが、猿は登るだけ登ってから下を見て、そこで初めて自分が高所恐怖症であることに気づいたのだから仕方ない。高いところに一度も登らなければ高所恐怖症にはなれない。

花粉症の木こりがくしゃみをすると、森の飛べない鳥たちが大量に集まってくる。それは木こりのくしゃみがあまりにも美しいからで、くしゃみさえ美しいくらいだから彼はとんでもない美声の持ち主ということになる。しかしこの村には音楽に造詣の深い人間はひとりもいない(音楽に造詣の深い鳥ならばたくさんいるのだが)ので、彼は歌手になろうと思ったことがないしそもそも歌を歌ったことすらないのだった。

木の上の猿は、溺れている海兵を助けたいと思いながら、同時に眼下に群がる飛べない鳥たちに助けてほしいとも思っている。しかし鳥たちは自らの羽を別れ際の挨拶に使用するためのものだと思い込み、空を飛ぶために使用するという発想に至ったことがいまだかつてないので、猿のいる高さまではとうてい行くことができない。だからそれは叶わぬ願いだ。しかし実は猿もそんなことはわかっている。この村には鳥といえば飛べない鳥しかいないから、猿は鳥が飛ぶものだとは端から思っていないのであった。単に派手なバイバイをする動物だと認識していた。

だから猿が期待したのは、鳥たちが地面を歩いてとんでもなく首の長い動物を連れてきてくれることだった。そうすれば自分も助かり、助かった自分は得意の泳ぎであの溺れている海兵を助けることができる。

もちろんこの村にもとても首の長い動物、つまりキリンがいた。しかしこのキリンは性格が暗く、いつも頭をひきずるようにうつむいて歩いていた。そのためキリンの首周りの筋肉は、腰の曲がったおばあさんのように下向き専用に知らず知らずカスタマイズされ、いわゆる身長は人間と変わらなかった。猿は鳥は見たことがあるがキリンは見たことがなかったから期待した。いやむしろ、見たことがないから期待できた。希望とはそういうものだ。

だからもしもすべてが上手く運んだとしても、鳥がキリンを呼び、キリンが猿を助け、猿が溺れた海兵を助けるということは不可能だった。この誰もが不向きな選択肢をすすんで選び取る村では。

そのとき、いよいよ沈みゆく海兵の耳に、花粉症の木こりの美しいくしゃみだけが届いた。鳥たちがいっせいに羽を大きく動かした。それは単なる別れの挨拶。

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