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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

ピンクセーターの変

首飾りといえば一般にネックレスのことを指すが、ここ日本では一時期、とある職種の人たちの間で、洋服が首飾りの役目を果たしていたと言われている。「首に模様のついた洋服」ではなく、「洋服が首飾り」なのである。つまり「洋服としての洋服」と「首飾りとしての洋服」の二重構造となっているわけであり、一種の「厚着」とも言えるが、そんな二度手間感こそが当時の人々にとっては最先端のお洒落だったのである。

とはいえどんな洋服でも首にかければお洒落になるというわけではなく、首に巻いて良いものはピンク色のセーターに限られた。それを後ろから背にかけた状態で、本来であれば腕を通すべき部分を首の前でふんわりと結ぶのである。その下にはワイシャツ(白)の着用が義務づけられるが、胸元はザックリと第3第4あたりまでボタンを開くことが求められる。開いた胸元から飛びだす胸毛の有無に関しては賛否両論あり、ネクタイの代用品として最低限必要だ、との声もあった。

時はバブル絶頂期、そのような格好の人種は「ディレクター」と呼ばれた。「プロデューサー」であるという説もあるが、「プロデューサー」の遺跡からは「ダブルのスーツ」という浴衣タイプのユニフォームが大量に発掘されており、当時は身分の高い者ほど厚着をしていた、との説が有力である。おかげで当時の有力者たちが身にまとっていた「加齢臭」の原因は、主に「厚着による大量発汗」であるとされており、その悪臭は虫も寄りつかないレベルだったという。しかしそれは、逆に言えば「臭ければ臭いほど偉い」ということの証明でもあり、当時「カリスマ性」や「オーラ」と呼ばれていたものは、基本的に「異様な汗臭さ」でしかないということが、日本科学スメル学会の研究により2009年に発表されている。

当初はお洒落を目的とした「首巻きピンクセーター」であったが、やがてその役割は、同じく首から提げるオリンピックのメダル同様、「権威の象徴」へと移行してゆく。「首にセーターを巻いているディレクター」のほうが「首にセーターを巻いていないディレクター(首周りがガラ空きであることから『ガラ』と呼ばれ蔑まれた。「ガラが悪い」という言葉はここから来ている)」よりも偉いのは当然だが、そのうちに二枚巻き三枚巻きが当たり前となり、巻いている枚数が多ければ多いほど敏腕だと目された。巻くセーターの枚数は担当番組の視聴率が上がれば上がるほどに増えていき、そこには「視聴率10%ごとに1枚増やしていい」という不文律があったと言われている。つまり視聴率30%の番組を3本持っている敏腕ディレクターならば9本巻く権利を持っているのであり、当時のやり手ディレクターの間では「重度の肩こり」が共通の悩みであったという。「最近肩こっちゃってさー」という言葉が何よりの手柄自慢であり、なかにはロケ中に専属のマッサージ師を連れ歩く者もいたという。

そんな隆盛を誇った「首巻きピンクセーター」であったが、ある事件をきっかけにその流行は一気にタブーへと姿を変える。当時「視聴率男」と呼ばれていた敏腕ディレクターKが、1週間のうちに計4本の番組でそれぞれ30%超の視聴率を叩き出し、12本のピンクセーターを首に巻いたまま窒息死するという事件が起こったのだ。突然の悲劇により流行はまたたく間に途絶えたが、実はこの事件は近年、犯罪心理学の分野では殺人事件として研究されている。

死亡したディレクターKは当時、テレビ界の寵児として積極的に番組出演し自説を得々と述べ、また新進気鋭のアイドルとの熱愛発覚などもあって周囲の嫉妬を買っていたという。そして彼は無類の流行好きでもあり、誰よりも早く最新のファッションを取り入れるためにオカマの双子と頻繁に食事をしていたという目撃情報もあった。そこで同業者の何者かがわざわざありもしない流行を作りだし、彼を陥れたというのだ。

有望なディレクター数人が同時にピンクのセーターを首に巻いてKの前に現れ、周囲の若いモデル出身の女性タレントたちに「素敵」「最先端」「ロンドンで流行ってる」などのキーワードを呟かせる。手段としてはそれだけで充分で、翌日にはピンクのセーターを巻いて現場に現れるKがいた、というのは、Kの性格から判断して想像に難くないところだ。Kがいったん巻いてしまえば、視聴率男として業界内では有名人の彼のこと、嫉妬する者も多いが憧れる者はそれ以上に多く、各局のディレクターがマネをしてそれはやがて本物の流行となる。

問題は「何枚も巻く」「視聴率10%につき1枚ずつ巻く枚数を増やす」というルールを誰が作ったのかという点だが、これは流行の最先端をいきつつ流行に追いつかれたくないK自身が、同業者らのさらに先をいくために自ら提示したアイデアであると考えることも可能で、だとすれば文字通り、自分自身で自らの首を絞めたことになる。最終的に首に巻かれるセーターの枚数が12枚にものぼることを、Kを陥れようとした発案者もK自身も、想像していたのかどうか。視聴率至上主義がもたらした、ある種の悲劇である。

流行とは、時に人を殺す道具にもなるのだ。道具は使い方を間違えると、大変な過ちを起こす。セーターは、着るためにあるという。

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