泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

迷わずどけよ、どけば分かるさ

歯の詰め物金属がメルトダウン(ポロリ)したので歯医者に行った。はじめてのところだがやはりケミカルだった。前に行っていた歯医者も白衣の下にケミカルジーンズを穿いていた。カジュアル感のアピールならば他にもいろいろあるだろうにと思うが、キャップを斜めかぶりして出てこられるよりはいい。肩に載せたラジカセからドリル音が響く。

歯科医は気が短い人だった。しかし気が短くても、怒るポイントがズレているとそれなりに面白くもある。そして気が短い人は、たいてい地雷の埋まりどころが変わっている。僕が診察台に座ると、歯科助手の中年女性が報告に来た。

「先生、セコムの人が来てます」

ということはお客ではないのだろう。点検か売り込みか。そしてなぜか、先生は即座に怒りを表明した。

「入口の正面からどけなさい」

歯科助手はキョトンとしている。もちろん先生のいる診察室から医院入口の状況はまったく見えない。透視能力があるのかと訝しがってキョトンと立ちつくしている助手に向かい、先生は面倒くさそうに説明する。

「ピンポンピンポン鳴っちゃうんだよ。とにかくどけなさい」

どうやら入口の自動ドアは、来客に反応してピンポン鳴るシステムのようで、そういえば何度か続けて鳴っていたような気はする。しかし助手は、その先の指示を待っている様子だ。たしかにこのままセコム人のところへ戻って、「ちょっとどいてください」と言うだけでは完全にガキの使いだろう。何かもっと言うべきことをもらってからでないと動けない。そんな覚悟が感じられる、というよりは、助手は単にボーッと突っ立っている。わりとのんきな人らしい。だからこそもう一度同じようなことが言えるのだ。

「あ、はい。で、セコムの人みたいなんですけど」

「だからどかしなさいって。ピンポンピンポンまったく!」

そこで怒ってしまうとまったく話が進まないのだった。とにかくこの先生は、ピンポンピンポン鳴ってしまうのが嫌で嫌で仕方なくて、その先に道はないのだ。結局それ以上何の指示も出ぬまま、診察は開始された。

20分ほどで治療を終えて診察室のドアを開くと、ドアで何者かをしこたまひっぱたきそうになった。すぐそこの明らかに不自然な位置に、セコムの人らしき二人が立っていたからだ。話は何ひとつ進んでいないままだったのだ! いや彼らは明らかに、立っていたのではなく「立たされていた」。ピンポンをみだりに鳴らしすぎたかどで。

それにしても、ただその人が立っている位置を見ただけで、それが自分の意志で立っているのか、誰かの指示で立たされているのかがわかるというのは、世紀の発見だった。不自然な位置に立っている人は、必ず立たされている。そして問題の手前で怒ってしまうと、話が進まない。

しかしどうしても手前から順番に問題を解決していきたいタイプの人は、あるいは完全予約制の歯医者には向いているのかもしれないとも思った。ドタキャンでもしたら、取った歯石をこまごまと投げつけられるに違いない。あるいはケミカルジーンズを穿いていけば、許してもらえるだろうか?

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