泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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映画評『サマーウォーズ』

まずはじめに、TV版を観ての評であることをお断りしておく。いくらかカットされているらしいので。しかし全体の出来はどちらにしろ大差ないと考える。ちょっとやそっとのつけ足しで大きく変わるような作品でもない。期待が大きすぎたのかもしれない。

●全体に、前フリ、予感、予兆が足りない。そのため、展開がご都合主義になってしまう。世界観にしろキャラクターにしろ、まずは何ができて何ができないか、何が好きで何が嫌いかなど、早い段階でエピソードに絡めて前提条件を提示しなければ、視聴者は世界観にもキャラにも入り込めない。

●現実世界と仮想現実の繋がりが弱い。というかほとんどないので、仮想現実がいくら危機的状況に陥ろうとも、現実が侵食される恐怖を感じず、ピンチ感が生まれない。前半の時点で、なんらかの不可解な事件や事故や異常気象など、普段ではありえない出来事を現実世界で引き起こし、観る側に危機感と嫌な予感を与える必要がある。

●ラブコメ的な入りに既視感がありすぎる。物語の進行とともに二人の関係が進むこともなく、作品の中で特に機能していない。

●バトルのルールが不明。ゆえに、勝利条件と敗北条件も不明。決め手もよくわからない。なのに、上手くルールを利用して勝ってしまっている印象がある。「そこはなんとなく、ほら、アニメ的文脈で雰囲気つかんでね」という、観客への甘えが見える。登場人物の一人も、クライマックスシーンのバトル中に「よくわからん」と言ってしまっている。花札なのに最後はパンチ。

●順序として、現実のピンチが起こって初めて、仮想現実内の出来事をみんな真に受けることができる。現実に何も起こっていなければ、単にサーバーをダウンさせるなり、ウイルスを駆除する程度のことですべてが解決するような気がしてしまう。つまり、仮想現実内のアクションが、現実のリアクションに跳ね返ってくるようにすべき。たとえばウェブ上で犯人の要求を満足させるようなことをこちら側がすれば、現実の危機が和らぎ、逆に犯人を怒らせることをすれば、現実に酷いことが起こる、とか。そういうアクション/リアクションを、何段階か見せておいてほしかった。

●しかしそもそも、敵の要求・目的がよくわからない。正体はもちろんわからない。完全にわからない相手に対して、人は興味を示さない。どれだけ正体不明な敵であっても、何らかのヒントは必ずある。ミステリアスな存在とは、まったくわからない存在のことではなく、基本的にはわからないながらもわずかに共感できる部分がある存在のことである。

●敵側の要求がわからないので、クリア条件が不明。それがなければ、倒し方のヒントも皆無になってしまうし、目の前の敵を倒せばすべてが平和に収まるという保証もない。つまり、バトルが成立する状況が設定されていない。

●基本的に、家族以外の民衆や国の動きが描かれないので、危機感が薄い。一般人を描かないことで、この家族の特異性が際立たなくなってしまい、誰にでもこの程度のピンチならば救えるような気がしてしまう。普通に携帯でゲームできる人であれば。

●「家族」を出発点にして「戦争」を描くという、最小スケールからスタートして最大スケールへと到達する物語をやりたかったのはわかる。上手くやれば最大の振れ幅を作り出すことができ、壮大なカタルシスを得ることができる手法だ。しかし結果的には、家族内の内輪揉めに終わった感が強い。本作における「戦争」とは、家族内の絆を深めるためのスパイスでしかなかった。つまり制作者は「戦争」の持つ絵柄的なスケール感が欲しかっただけで、その中身は必要としなかった。

●全体に、中身よりもスケール感を重視した作風であり、それは中身を親切に補ってくれるオタク的視聴者にしか受け入れられない。「最初からオタクだけに向けて作った」というのであれば、あえて否定はしない。しかしそういう受け手に甘えた構図が、エンターテインメントをどんどん痩せたものにしてしまうという傾向は、否定できない。

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