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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

恐るべきオシムツイート

サッカーほど見ればすぐにわかるスポーツも、特別な見方が必要なスポーツも、あまりない。ルールや道具立てがシンプルという取っつきやすさがある一方で、刻々と動いてゆく状況把握の難しさがある。個と全体の両方に見どころがあるという意味では、「木を見て森を見る」という遠近両用の視野が必要なのだが、かといって視点を何十個も同時に持つのは不可能なわけで、それはどんな有能な監督や解説者でも同じはず。サッカーでよく言われる「視野の広さ」とは、本当に隅から隅まで見渡せるというような動物的な意味ではなく、的確なところをいちはやく見つける能力のことだろう。目が離れてればいいってもんじゃあない。

では見るべき的確なところを見る目を持つには、どうすれば良いのか? まずは見るべき箇所を見ている人の視線を、トレースしてみるのが最も効果的だ。それはつまり、その人の思考回路をすっかり覗き見するという行為でもある。しかも常に状況が動き続けるサッカーの場合、その思考回路はリアルタイムで見えなければ意味がない。後から結果に帳尻を合わせるような解説が横行しているが、結果から遡って過程を感じさせるのは、サッカーに限らず何事においてもひどく難しい。

今回のW杯中継において、スカパー!
https://twitter.com/skyperfectv
が前日本代表監督・オシムの発言を試合中にTwitterで流すという試みをやっている。これが抜群に的確で、面白い。的確なだけでは充分でなく、やはり面白いというのがいい。そうでなければ誰も興味を持てない。面白くない意見というのは、驚くほど頭に入ってこないものだ。それがどんなに的を射た発言であっても。

それにしてもオシムは、本当によく見えている。たとえば先日のアルゼンチン−韓国戦。オシムは、試合開始直後からテベスを批判するツイートを連発していた。「テベスはパスを出さない」「テベスは1対21(人数)でサッカーをやっている」などと。しかしTwitter上の視聴者の発言を見ていると、テベスはかなり活躍していると指摘するものが多く、僕にもそう見えていた。テベスはもともと運動量が多く、ボールに触る回数の多いプレーヤーで、それゆえ画面に映る機会も多いから活躍しているように見えるのだ。

だがオシムはそれを、「個人プレーに走り、全体の流れを止めている」と捉えていた。そして75分にマラドーナ監督がようやくテベスアグエロに交代させた直後、堰を切ったように前方への推進力が生まれはじめた。オシムは「マラドーナよ、今ごろ気づいたか」と言った。その直後、立て続けに2得点が生まれた。

個人の特長が組織全体にとってマイナスに働く可能性がある、というのは言うまでもないことだが、ここまで如実に結果として表れることは珍しい。試合後の解説で、「テベスは移籍金をつり上げるために自己中心的なプレーをしている」とまで言っていたのは、的確な一方で少々言い過ぎのような気もするが。

しかし「ボールをキープして周囲の上がりを待つ」というテベスの良さは、例えばマンチェスター・ユナイテッド時代には有効だったが、今のアルゼンチン代表には馴染んでいないのも確かだろう。彼がキープするまでもなく、メッシをはじめ周囲の選手はどんどん前へ前へと上がっていくのだから、早めにその推進力を使った方が迅速にゴールまで辿りつける。同じポゼッション・サッカーであっても、このアルゼンチン代表の「縦への速さ」は、スペインやオランダに比べてもかなり突出している。そこを理解した上でテベスの動きを見たときに、はじめてオシムのような視点が生まれるのだろう。やはり森と木は両方見なければならない。

ちなみにオシムは的確なツイートの合間に、こんなことも言う。日本−カメルーン戦でのことだ。

エトーは髪型を変えたな」

なんてどうでもいい指摘だろう! そしてなんという観察眼だろう。ベッカムのようなお洒落番長ならまだしも、よりによってエトーに、しかもドレッドでもモヒカンでもなんでもなく、ほとんど坊主で髪型も何もわからないような彼の髪型に注意を払っているとは。

これは単に「無駄な視線」ということではなくて、「そこまで見えている」と受け止めるべきだろう。このユニークな着眼点には、ある種純文学的な脱線の面白さがある。しかしどうでもいいような描写が文学にとって時に重要であるように、まずはあらゆる角度から、ためつすがめつ対象を見つることからはじめなければならない。そしてそれが、本当に面白い見方を身につけるための、近道などないが唯一の道なのだと教えられるようでも、単にこれはこれで面白いから最高じゃないかという気分でもある。

今日のオランダ−日本戦でもオシムツイートは実行されるらしい。どのタイミングでどんな指摘がなされるのか、注目しよう。

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