泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

タートルネックばかり来ていると、人はどうなってしまうのか?

やたらとタートルネックばかり来ている。9月からもう着ていたような気がする。寒ガリガリクソンなので仕方ない。

寝るときも着ている。どうやらこれは結構珍しいらしく、そういえばタートルネックのパジャマというのを見たことがない。だが「寝首を掻く」という言葉もあるくらいだから、首を守らぬのは信じられない。喉元がらあきの浴衣など言語道断である。いつたくあんで寝首を掻かれるかわからない。むしろ色と臭いのほうが気になる。横で王選手が日本刀を振っている可能性もある。しかしタートルネックで寝首を守ることは到底できぬから着用したところで意味はない。

寝首の問題ではなくて、寒さの問題だった。いや寝首の寒さの問題である。「寝首」という言葉は掻かれること前提にあるような存在で不穏きわまりない。蚊に刺され寝ぼけて首を掻いている状態を、「寝首を掻く」とは言わない。死ぬまで掻けば、あるいはそう言ってもいいかもしれない。寝首の問題ではなかった。

タートルネックばかり着ていると、それなしではもはや生きられないような気がしてくる。あなたなしでは…。脱ぐと猛烈な不安に襲われる。剣客が素手で歩いている時の感覚。刀狩りされた直後の、農民たちの不安。どっちも未体験なのでよくわからない。

いずれにしろ、真冬に素首で歩いている人を尊敬する。それはまるで、いつ首を掻かれても悔いはないという、死の覚悟をアッピールしているかのようだ。いま「死の覚悟」と書くつもりが、「志乃覚悟」と真っ先に変換されてしまうところに、自分が普段から書いていることへの疑念を感じる。たぶん覚悟すべきは志乃ではなく彬のほうだ。

やはり仮説を立てる必要がありそうだ。このままでは彬が危ない。あのねじねじごときでは、志乃の刃は防げない。

【仮説】
タートルネックを着用する→首周辺が暖まる→温かい気持ちになれる→気が大きくなり、つい蓮舫の“どや顔”を許す→仕分けられる→仕分け返す→仕分け合い→何でもかんでも仕分ける流れ→彬のねじねじをつい「国」に仕分ける→ねじねじが日本国民の正装になる→地球の自転が加速→EXILEの自転が加速→EXILEバターの完成→EXILEバターを彬の寝首に塗る→志乃の刃が滑る→彬助かる

良かった。

Copyright © 2008 泣きながら一気に書きました All Rights Reserved.