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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『THE ROOT OF ALL EVIL』/ARCH ENEMY 『ルート・オブ・オール・イーヴィル』/アーク・エネミー

音楽レビュー(HR/HM)

過去を全面的に洗い直すことによって、現在のバンドが抱える問題点をはからずも浮き彫りにしてしまった作品。だが彼ら自身は、その問題点には気づいていないのだろう。気づいていたら発表していないはず。

アンジェラ加入以前の初期三枚からの楽曲をリ・レコーディング。しかしこれが見事に、再録作にありがちなパターンに完全に嵌っている。

本来の目的は、現Voアンジェラの声で初期楽曲を新たに蘇らせたい、というものだろう。発声の明瞭さや声の通り具合において、それは初代Voのヨハン・リーヴァをたしかに凌ぐものがある。アモット兄弟の華のあるギター、および強力無比なリズム隊に匹敵しうる声の「強度」という意味では、たしかに充分な役割を果たしているというのが、これを聴くと改めてわかる。しかしその一方で、彼女の声の平板さ、強弱緩急の乏しさ、リズム面における工夫のなさ等の弱点が、初期楽曲の中でさらに際立ってしまっている。とにかく一本調子で、面白味がない。原曲の持っていた勢いが、見事に削がれている。

そう、とにかく勢いがないのだ。まず全体にテンポダウンしているのは、どのような意図からなのか? アンジェラの歌やギターソロをより明瞭に聴かせたいという狙いなのか、あるいはそれらを原曲のスピードで再現することができなかったのか? 微妙な失速により、ヨハンが勢い一発でアバウトに歌っていたさだまさし的字余りフレーズは見事に均等割付され、その結果、初期楽曲が持っていた独自のグルーヴ感がすっかり失われている。

だが問題は、アンジェラの歌だけではない。それにつられるように、楽器陣も堅実かつ正確な演奏を重視するあまり、遊び心のない無機質な感触を聴き手に与える。ギターソロの入口と出口を、ライヴ・ヴァージョン風味にややルーズにしてあるのはむしろ有機的なアレンジと言えるかもしれないが、歌がはじまるとバックのギターもリズム隊も、なぜか一様に行儀よく無機質になる。本来は歌の比重が低いデスメタル・バンドでありながら、それほどまでに全体が歌に引っ張られてしまっている、ということだろうか。たしかマイケル・アモットは以前、「ARCH ENEMYにおいてVoはリズム楽器」という発言をしていたが、そう考えると「歌を基盤に全体の演奏が引っ張られている」という考え方も可能かもしれない。あるいはグルーヴよりも構築美を重視するという方針を決めたうえでアンジェラを必要とした、という順序なのか。

ARCH ENEMYといえばまずはメロディとスピード、という印象が強いが、マイケル・アモットの別バンドSPIRITUAL BEGGARSを考えてみればわかるように、初期の彼らにはたしかに独特のグルーヴ感が宿っていた。しかし現在の彼らには、その要素は薄いというか、まったく重視していない。これまではかなり連続的に見えていたアンジェラ加入前と加入後の音楽性の差異が、本作を聴くとかなり明確になってくる。現時点での最新作『RISE OF THE TYRANT』が非常に魅力的な作品であったため、それはそれで良いのだろうが、改めてこうして初期楽曲を聴くとないものねだりな気持ちが生じてしまうのも事実。そういう意味では、結果として後ろ向きな作品になってしまっていると思う。

選曲的には“Fields Of Desolation”が収録されていないのがやはり不満だが、あの曲には『BURNING BRIDGES』日本盤に収録された99年ヴァージョン(Voはヨハン)がすでにあるので、わざわざアンジェラの歌でまた録り直す必要もないのかもしれない。それよりもライヴでのアンジェラのパフォーマンスが堂に入っている“Angelclaw”が未収なのがむしろ不思議。

ここからARCH ENEMYの世界に入る人には、ぜひともオリジナル・ヴァージョンにも触れることをお勧めする。

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