泣きながら一気に書きました

不条理短篇小説と妄言コラムと気儘批評の巣窟

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世界よりも厳しい男

悲しいとしか言いようがない。それはもう痛快なほどに悲しい。つまり、見ているぶんには愉快。

先日、焼鳥屋にて、隣りあわせた男。男は4人掛けテーブルに、二人の女性と向かいあって座っていた。関係はまったく不明。全員20代後半くらいで、パッと見は男が二人の女をはべらせているように見える。男はスーツ、女は私服。なんとなく聞こえる会話のトーンから、三人が初対面でないことはわかる。

男が勢いよく喋りだす。完全に独壇場だ。会話の詳細までは聴き取れないが、それがつまらない話だというのが、話し方でわかる。話し方の時点でつまらない話があるのだと、初めて知る。間違いなくつまらない。

女二人は、退屈そうな顔を隠さない。しかし男は独自にヒートアップしてゆく。「それでさぁー」「そいつがさぁー」などと、前のめりのノリノリである。女二人は降りかかるツバを嫌がるような顔をしている。特に左側の女のリアクションが芳しくない。頻繁に足を組みかえる仕草。しかし男はいっこうに気にしない。独自のクライマックスを何度も迎えている。さながら自慰。

「てゆうね、そういう話なんだけどね…」
急激に失速して終わる男の話。原田の失敗ジャンプなみの失速に、つくねも砂肝もがっかりである。自分が串刺しにされていることに、突如として気づいたみたいに。しかし何しろつまらない男の話をここまで聴いていたのである。女性二人は、平然と別の話をはじめるなり、焼き鳥食いに集中するなりといった、大人の対応を見せるものだと安心しきっていた。しかし左の女は勇者だった。

「で、オチは?」
串刺しである。男はあからさまにうろたえている。会心の一撃。胸のすく思いがした。
「いや、オチとかないんだけど…。オチって必要だった?」
男はスライムのような愚者であった。だが女から優しい言葉はもらえない。世の中そんなに甘くはない。
「別になくてもいいんだけどさ。ないならないで、たんたんと喋ってもらえない? なんか妙に盛り上がってるからさ、普通オチがあると思うよね。なんかどっかに向かってるっぽかったし。そういうの肩透かしって言わない?」
まさかの完璧な分析だった。男は苦しまぎれに、わけのわからないことを口走りはじめる。
「んー、A子(右の女)から突っ込まれるのはまだわかるんだけど、まさかB子(左の女)から言われるとは…」
「いや、言うでしょ普通」
あまりに容赦がない。この三人、本当に知り合いなのだろうか? しかし男はどこまでも愚者であった。
「いやー、厳しいなー。こんなに厳しいの初めてだなー」
「全然厳しくないよ。普通だよ、普通」
女はさっきからかぶり気味に言う。語尾を奪い去る素早さで。
男は急に遠い目をして言う。だが思ったほど視線を遠くには飛ばせていない。慣れないことをするからだ。
「えー、そうかなー。俺、ひょっとしてもの凄く厳しい世界に生きてるのかなー。俺、明日から生きていけるのかなー。急に心配になってきたなー」

大丈夫そうである。この口調であれば、何度叱られようと、彼は形状記憶合金のごとく初期状態へと何度でも確実に戻ってゆく仕様になっているはずだから。

「厳しいのは世界ではなくお前だ」と、その最後の台詞を言わずに飲み込んだぶんだけ、女にもやさしさはあったのだと知る。

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