泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『アクロバット前夜90°』/福永信

福永信『アクロバット前夜 90°』のサイン本を、渋谷パルコのリブロで購入。

8年前にわざわざ横組み、しかも1ページ目の1行目の続きが2ページ目の1行目に来るという、風変わりな構成で出版されたデビュー作(短篇集)を、通常の縦組みにしただけの代物。内容には一切の変更を加えていないと書いてあるが、しかし買い直す価値は充分にある。

横組みバージョンでは、その構成上、ページをめくる速度が史上最速になると言われていた(なにしろ1行読んだらもうめくらなけらばならないのだから)が、改めて整理された形で読んでみると、そんな物理的速度に頼らずとも猛烈なスピード感に振りまわされる快感がある。

しかしここで言う「スピード感」とは、エンタメ系の作品でよく見られるような、展開の速さとか、一文の短さとかいう表面的な問題ではない。なんというか、作者の思考回路がすこぶる速い。凄まじく優秀なCPUを搭載しているような、読んでいて不思議な体感速度を得ることができる。

もちろん文章として書く以上、頭に思い浮かんだことをそれ以上のスピードで写し取ることは不可能なわけだが、ここまでロスなくその速度を紙上に落とし込む再現性の高さは、他の小説では味わえない稀有な感覚であると思う。

しかも福永信の凄さは、それだけのスピード感を保持していながらも、全体として洗練されていて読みやすいように見えるという点である。いや実際に読んでみると、実は隠されている要素や、わざとわからないように書いてある箇所が巧妙に紛れ込んでいて、けっして読みやすいわけではない(そしてそれこそが福永信の面白さである)のだが。

たとえば舞城王太郎の、読点で延々と繋いでゆく文体はたしかにスピード感があるが、それはあくまでもスピードを出すためにその文体を選び取っているように見える。つまりスピードを出したいからフェラーリを手に入れたという感覚に近く、見た感じ速いのでそこに違和感はない。

だが福永信の文体は、表面的には非常に普通で、特に何かを狙っているようには見えない。しかしだからこそ、スクーターでそこらへんを走っている兄ちゃんのように見えて、ふと気がつけば実は300キロを遙かに越えているというような驚きがある。

8年前の本作を読んでも、古さを感じないどころか、むしろ最近の小説が古く感じられるほどに新しい。やはりこの作家は、時間の経過とは関係なく、常に最先端の作家であるように思う。かといって福永信は、一つの作風に安住することなく、常に模索を続けているところが頼もしい。こまめに文芸誌上で発表されている新作群が、なかなか単行本にまとまってくれないのがもどかしいが、現代文学を語るうえで絶対に避けて通れない作家であることは間違いがない。

ちなみにサインは、思わぬところに書いてあったり、思わぬ名前(誰?)が書いてあったり、奥付にまでこっそりラクガキをしてくれていたりして、すごく得した気分になった。

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