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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『バクマン。』2/大場つぐみ・小畑健

書評(サブカル/漫画)

壮絶なスピード感である。とにかく展開が速い速い。まるで何者かに追われているよう。

だがその裏では、ないがしろになっている要素が山積しているのも事実である。キャラを深めるには、丁寧な感情描写と主人公の内面を浮かび上がらせる日常的エピソードが不可欠だが、それらは明らかに物語進行の犠牲になっている。

まるで読者を主人公たちへ感情移入させることを諦めたような突っ走り加減は、独特の緊張感を生み出し、潔いとも取れる。めくるめく展開は、たしかに独特の熱を発散している。だがそれぞれの人物の根本的感情があまり描かれていないため、その熱は一瞬で冷める危機感を孕んでいる。進行速度をいっときでも緩めれば、物語は一気に弛緩する可能性が高い。どこかでキャラ=基礎体力を蓄えなければ、この先走るのはますます辛くなるだろう。全速力で最果てまで行けるものではない。

だが導入に失敗したキャラを立て直すのは、新築ではなく増改築作業になるため、その幅には限界があるのもまた事実だ。一度建てた家も人の性格も、根っこからそう簡単に変えられるものではない。しかし描かれていない空白部分が多いため、ある程度の補強は可能だと考える。

たとえば主役の二人は、なぜ中学生の時点ですでに原作と作画を分けるという選択肢を当たり前のように選んだのか? 本作では何の疑問もなくそうなっているが、まず自分一人で両方やろうとするのが普通ではないのか? 小畑健もデビュー当初は原作をつけていない。 

たしかに今や原作と作画が分かれている作品は珍しくもないが、そういう作家たちも、最初は一人ですべてをやっていたはずである。それがどこかの段階で、自分には長所短所があると知り、ない部分を他人で補おうとする。あるいはスピード等の問題から、分業を考える。それはもの凄く謙虚で、大人の判断であると思う。そこにはすでに一種の諦めがある。まだ漫画を一作も完成させていない中学生に、そんな大人の諦めが生じるとは、どうにも信じがたい。描く前に壁を感じるくらいなら、彼は漫画を一生描かないだろう。そういう大人びた人間は、わざわざ自己表現などしない。もちろん謙虚さは常に必要だが、恥ずかしいほどに過剰な自信からしか、一作目は永遠に書きはじめられないのである。描いて失敗してはじめて、何かが足りないと気づくのであって、その後にしか分業という引いた考えは生まれないはずだ。

つまり問題は、漫画家を目指す最高と秋人の二人が、基本的に分別のある大人だということである。しかしここには、実はそうせざるを得ない理由がある。読者はそもそも、子供らしい子供の描く話など読みたくないのだ。

漫画家は「先生」と呼ばれる。それは漫画家が読者から尊敬される位置におり、読者の共感を呼ぶ位置にはいないことを意味する。良い漫画は共感を呼ぶが、良い漫画家は共感されない。いや、されてはいけない。

漫画の主人公にはいつだって読者の「憧れ」と「共感」を同時に満たすことを求められるが、主人公を漫画家にした場合、それはなによりも「憧れ」の対象としての知性と佇まいを求められる。読者の共感を呼ぶ少年らしさを前面に出せばそれはマイナス・ポイントと計上され、「俺よりレベル低いやつが描いたものなんか読まされたくねえ」という気持ちになる。主人公らの描く作品を面白いと感じさせるには、彼ら自身が知的で読者から憧れられる人物でなくてはならない。となると、読者の共感を得る人間を作りだすのは非常に難しくなる。

同じく「先生」と呼ばれる立場であっても、たとえば学校の先生や政治家なら話は別だ。中高生にとって、彼らは真の意味で尊敬されているとは言い難い。もちろん、いくらかの尊敬はあるにしても、自分をじかに面白がらせてくれる相手に対する尊敬に比べたら、そのリアリティは圧倒的に低い。若者にとって何よりも大事なのは、この作中でも出てくる通り、いつの時代も「面白さ」であるからだ。

いまのところ恋愛方面の展開が、主人公たちの子供らしさをギリギリ繋ぎとめている。一見よけいにも見えるこのラインが、実は読者の共感を呼ぶための唯一の生命線であるのかもしれない。

いずれにしても、間違いなくこのスピード感は快感である。2巻目にして早くも、ここ最近の漫画には見当たらない興奮が迸っている。しかしキャラという土台を欠いた疾走は、いつも危うい。その危うさが興奮の源になっているとも言えるが、すでに息切れが心配でもある。

だがこのまま加速を続けた先に何があるのか、どうにも気になるのは確かで、気になったらこっちの負けなのである。とりあえず期待は続く。

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