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泣きながら一気に書きました

妄言コラムと気儘批評と悪戯短篇小説の巣窟

『DARK HORSE』/NICKELBACK 『ダーク・ホース』/ニッケルバック

音楽レビュー(HR/HM) 音楽レビュー(ROCK)

Nickelback - Dark Horse

完成度はすこぶる高い。

楽曲は間違いなく過去最高の出来を誇り、全体として隙がない。だが隙のなさが面白味のなさと感じられるものも世の中にはたくさんあって、この作品もそれに当てはまるように思う。

問題は「隙のなさ」自体ではないのかもしれない。むしろ彼らが今作において「どうやって隙をなくしたのか」という部分が問題だ。そしてその答えは、「超売れっ子プロデューサー/ソングライターのジョン・マット・ラング起用」である。DEF LEPPARDAC/DCAEROSMITHらを全世界的ヒットへと導いた男だ。

これまでNICKELBACKの印象は「シングル曲が飛び抜けて良いが、それ以外は平凡」というものであった。しかしその問題は、今回マット・ラングとの共作により見事に解消された。ならば問題への対応策としては理論上完璧に思える。だが今度はそれ自体が問題となる。

過去のアルバムにあった平凡な楽曲たち、そこにはしかし、紛れもないNICKELBACKらしさが存在していた。印象としては「流して作っている」という感じを受けたが、そうして自然体で作ったからこその「らしさ」だったのかもしれない。「泥臭さ」と言ってもいい。あるいは彼らがアメリカではなく、カナダ出身であるということに起因する「田舎臭さ」と言うべきか。それは欠点でもあるが、もちろん魅力でもあり、つまりはルーツである。ヒットしたシングル曲たちはアーバンな顔をしていたが、彼らの本質はそれら平凡な楽曲の中にこそあって、実はそんな曲たちがアルバム全体を支えていたのかもしれない。

だがマット・ラングとコラボレートした今作においては、平凡な楽曲が消え去ったと同時に、泥臭さも大幅に減少している。これは一見すると「悪魔に魂を売った」構図に見えるが、そこまで事態は単純ではない。すでに大ヒットを飛ばしている彼らにとって、マット・ラングは商業上そこまで「おいしい選択肢」ではない。むしろ古臭く聞こえる危険性も大きい。

だが一方で、彼らがマット・ラングの言うことを聞きすぎたのは事実だろう。主にアレンジ面においてあまりに影響を受けすぎていて、アルバムの隅々まで「マット・ラング印」が刻印されている。特にDEF LEPPARD的なコーラス・ワークはあからさまに彼の影響と言える。

全体に、すべてがあるべき場所に過不足なく収まっていて、非常にかっちりとしている。ルーズな印象がまったくなく、何もかもがジャストで隙がない。それはいかにもプロデューサー主導で作った作品における典型的スタイルであり、問題点である。それは音楽に限ったことではなく、例えば編集者主導で作られるタイプの漫画においても同様のことが起こる。全体を俯瞰し統率する視点を外部の人間が持つことで、バランスが矯正され完成度が上がる代わりに、アーティスト本体の個性やルーツが失われる。これはあらゆる創作過程において、永遠の問題であり課題であるのかもしれない。

それだけに、NICKELBACKがこの先どういった道を辿るのか、非常に興味深い。完成度は、おそらくこれが上限だろう。「次作でもマット・ラングを起用しつつ、バンド側が主導権を握ることでルーツを取り戻しながらもクオリティを維持する」という選択肢もあるだろうし、「より自分たち向きの方向性、かつ言うことを聞く格下プロデューサーを使い、やりたいようにやった結果クオリティが下がる」ということも充分にあり得る。前者ならば理想だし、後者でも自力で質を上げることがもしかしたら可能かもしれないが、たとえば彼らの先輩格であるMETALLICAが辿ったような迷走を繰りひろげてみるのも、それはそれで面白いかもしれない。

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